大学での成績は何を意味するものなのか?-続編-

先日書いた、大学での成績は何を意味するものなのか? という記事で、ハーバード大学の成績にAを出しすぎる、ということが問題提起されていましたが、更にその話が広がって、昨日は新聞の1面 に取り上げられるまでになっていました。

問題提起として、ハーバード大学の学部生の成績で一番だされるのはAである、ということでそれに対して、いい成績を出しすぎるのはよくない、という話です。問題点としては
• そんなに沢山Aが出されては、本当にできる人の価値が下がってしまう
• 何にでも高い評価をだしてしまうと、学生が自分ができること、できないこと、を間違って認識してしまう

一方、肯定的な見方をする人の理由付けは
• 成績というのは自分の勉強に対する動機付けであり、外部に対する信用証明のようなものであるべきではなく、いい成績をとることでやる気がでる。
• 大学院に進学したい人のGPAが低くなり、大学院進学率が下がったり、いい成績がとりにくくなると、学校にそもそも人が集まりにくくなるかもしれない。

2009年の全米調査で41%がAマイナス、もしくはそれ以上の成績を、もらっている、ということがわかっていますが、実は1969年に調査をした時はたった7%だったそうです。

実際、プリンストン大学は2004年から成績の付け方のガイドラインをかえて、Aは35%以上はださないということにしました。
一方、イエール大学は62%がAをもらい、ボストン大学はAをとるのが非常に難しい、ということです。

どうやら、成績のつけ方を変えていく議論がハーバードでも、必要らしい、という話でした。

大学の成績にこだわるのは、プロフェショナルな教育を受けられるのは実際、大学院からだという現実があり、キャリアを積みたければ、大学院にいかないと、という考えが流れとして、あるからだと思われます。
2010年のOECDのデータによると、アメリカの大学進学率は74%(ちなみに日本は51%)とかなり高い率になっています。

問題は、本来全ての人が勉強が得意で、大学4年、大学院2年と勉強しなければ、スキルがつかないような高度な事を望んでいるのか、もしくはそれが自分のしたい仕事であり、そういう仕事が市場に十分あるのか、ということなのではないでしょうか。

もし、自分の得意、不得意が明確で、興味のあることもはっきりしていて、それが大学に行かなくても専門学校だったり、実際に実習することで身に付くスキルだったりする場合、そういったことができる学校にいったほうが、いいと思うのですが。
成績という他人による客観的な評価も考慮して、自分の適性や、能力の限界というのを早く見極めたほうが、なんだかのちのち幸せな気がします。

ここでよくきくのが、とりあえず大学に入ってから、どうしたいか決めればいい、という発言ですが、なんだかわからないけど、とりあえず、将来の為にいいところにはいっておく、というには大学のコストが高すぎる(特にアメリカの場合)ように思いますが、どうやら、学士のレベルだと、準義務教育になりつつありますね。

がんばれることも一つの才能で、成績がよくて、とりあえず医学部に行っておこうと思って、医者になったものの、やっぱり向いていないと、いってやめてしまった人達を何人もみていると、なんだか、もったいなあ、と思う一方、その人たちが自分のしたいことが見つかった場合には、本当によかったね、って思います。

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