第三の目は手術であけられるのか?

高校生には全員iPadを支給する学校や、中学では数学の能力をあげる為に、コンピュータプログラミングのコースに、ワードやフォットショップなどのソフトウエア教育も義務化する学校が続々と増えているようです。学校教育がどんどん、テクノロジーに比重をおくほうに傾きつつあります。

そんな中、ローザンヌ大学の生物学、ポリティカルサイエンスの教授と、MITの生物工学の教授が、人の脳の研究について開いたイベントに参加しました。
ローザンヌ大学の教授は、脳科学の歴史について、哲学とからめた話をし、MITの教授はfMRI(脳の画像解析がこれでできるようです)による、最新の脳の研究方法や、ニューロサイエンスの研究について、話をしました。

一応、講義が終わって質問時間になり、あるハーバード大学の中国人の学生が、こんな質問をしました。

学生:“私の祖先は200年ほど前、第三の目があいていました。でも、その後閉じてしまって、私にも絶対に、細胞のどこかにその痕跡があるはずなのです。
それを発見できますか?目をあけることは手術で、できるのでしょうか?”

会場、どよめき。。。

教授:“瞑想とか、ありますけど。。。。手術とか無理でしょうね。”

察するに、彼は自分の第三の目をあける為に、第三の目を科学的に解明するために、必死に勉強をしてきたのではないかと思います。でもどこかで、科学を超えた何かがあることも、理解している、だから、彼は、自分のマスターです、という気功(だと思います)の先生を一緒につれてきていました。科学的な理論と、哲学、思想が交差する点を彼なりに探っているようなのですね。

もしかして、科学的な、テクノロジー的な教育が増えれば増えるほど、実は、人は思想や哲学的な教育も同じ位のバランスで必要になってくるのかもしれない、と思ったのでした。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中