前世があるというのは普遍的な考え方?

“不死” という欲求は私達が大人になり、死を恐れるから感じるようになるのでしょうか、それともそれは年齢や文化、宗教にかかわらない普遍的な感覚なのでしょうか?

人が死んだ後どうなるかについては様々な文化や宗教が色々な見解を示していますが、どの来世についての考え方が、人が成長する過程において宗教や環境から学ばれたもので、どれが宗教や文化に関わらず、普遍的なものなのか選り分けるのは難しいことです。それでは人生が始まる前についてはどうなのか、ということをボストン大学の心理学の研究者が調べたとのことが2月3日のボストングローブにありました。人間は受胎以前の事に関して共通した、普遍的な考え方があるのでしょうか。

受胎する前に自分がすでに存在していたかということを信じているかどうかを調べる為に、研究者は文化が違う2つのグループの5歳〜12歳までの子供達を調べました。エクアドールの都市(カトリックの子供達)にいる子供達とエクアドールのアマゾン地帯にいる子供達、この2つのグループとも輪廻のような、前世があるという考えをもっていません。

研究者は全ての子供達が、(都市に住む子も、田舎に住む子も)、特に小さい子達が、受胎する前になんらかの形で、例えば小さな虫や、血一滴、として存在していたと考えているということがわかりました。一方、彼らは前世において見るとか食べる、飲むといった能力をもちあわせていたとは思っていないのですが、感情や欲求はあったと思っています。

この考え方は年齢があがるに従ってなくなっていきますが、この実験 から研究者は不死に対する欲求は私たちが本能的にもっているものだといえるのではないかと結論ずけました。

自分も小さい子供のほうが、前世についてよく覚えている、ということを昔どこかできいたことを思い出しました。文化や宗教を超えた、普遍的な概念を人が受け入れられるようになると、宗教がらみの争いが減るような気がするのですが、それは今の世では難しいのでしょうか。

ちょうど先週、友人と前世の話で盛り上がりました。一人はキリスト教徒、前世なんて全然信じてない、っていうので、”じゃあ、自分の周りの人で、この人絶対昔から知っているって感じる人いない?”ってきいてみると、”……一人だけいる。確かに弟のことはずっと前から知っていると思う。彼は、ずっと家族だったと思う。” すると、もう一人の無神論者の友人が ”今までずっと一緒にいるからそう思うだけ。” そばで聞いていた私はどっちの言い分もある意味正しいような気がして、結局自分がそう信じていればどっちでもいいんじゃない、と思ってしまったのでした。

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