”忘れられる権利”を守る背景を考える

ネット社会ではちょっとグーグルすれば、色んな事がすぐわかりとても便利です。
ニュース、知りたい会社のこと、レストランのこと、人や商品、サービスのこと、オフィシャルに発表されたものだけでなく、他の人がどう思っているか、いい事も悪い事もすぐわかります。(もっともそれが正しいことかどうかは別の話ですが)ゴシップやネガティブな話は長く記憶に残るけど、学術研究論文の内容はすぐ消えるかもしれません。

そんな中、16年前に所有していた自宅が競売にかけられたスペイン人男性の記事が、その後債務を完済した後も残り、自分の名前でグーグル検索するとでてくるということで、リンクから検索結果を削除することを要求していた件で、今年の5月に欧州司法裁判所が”忘れられる権利”を認め、(アメリカでは認められていない)インターネット上に掲載された個人情報の削除を認めました。

結局、グーグルの敗訴、という形になったのですが、この話を読んで、アメリカ人と西ヨーロッパ人のメンタルの違いや価値観の違いというのもかなりあるのかな、という気がしました。
大きな点は、”個人”の権利やプライバシーというものに対しての考え方や価値観の違い。
アメリカでは様々なソーシャルメディアが生まれ又、かなり普及していますが、ここまで発達したのもアメリカ人の広く浅く、沢山の人と、オープンな付き合いをし情報を共有したり、ネットワーキング活動が盛んであるということが背景にあるように思います。一方、保守的な西ヨーロッパ人は本来、誰とでも広く浅く付き合うことを、あまり重要視していません。(逆に、ソーシャルメディアの影響で、そういう付き合い方も増えてきているのかもしれませんが)有名人でも比較的プライバシーや個人の生活が守られる、又暴露されたところで、まわりも ”だから?そもそも自分には関係ないし。”という空気があるように思います。

又保守的な西ヨーロッパでは一度経済的に失敗してしまうと、やり直しがききにくい、という点もあります。
例えば起業という側面をみてもアメリカは失敗できる国。アメリカでは起業家は失敗しても、また再チャレンジができますし、失敗から何かを学ぶということが尊ばれます。しかし、ヨーロッパでは失敗は信用を大きく損なう危険があり、(日本も似たような感じだと思いますが)失敗はしにくい。だから、その後事態が改善しているのにもかかわらず経済的にネガティブな記事が残ってしまうと、色んな意味で影響も大きいのではないでしょうか。

今回は法律的な側面から “忘れられる権利” を守るという結論になりましたが、これをテクノロジーの側面からアプローチするという動きも進んでいるようです。
大量の情報を覚えておくというのは有用なことですが、データを忘れないでどんどん溜め込むことは、かたずけられない人のようなもので、結局大事なものを見つける事ができなくなる可能性があります。その点を解決するための取り組みがドイツで始まったForgetIT というソフトウエアのプロジェクトです。その基本的な考えは時間とともに、ユーザーが何が重要で何が不要なのか、 “忘れることを管理” するということだそうです。

それにしても個々の事例で、忘れてはいけないことはありますが、人は忘れるから前に進めるという側面もあるように思うのですが。。。

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