市場経済のいきつくところ

NHKクローズアップ現代

経済学者、宇沢弘文先生のことを知りました。

彼は1960年代にすでに市場に競争を任せ、効率を追求することで格差が生まれるという考え方をしていて、シカゴ大学教授時代に市場原理主義者ミルトン・フリードマン氏と対立します。そしてシカゴ大学の教授をやめて日本に戻ったのですが、彼は
「市場で取り引きされるものは、人間の営みのほんの一部でしかない。医療制度とか、学校制度とか、そういうのがあることによって社会が円滑に機能して、そして一人一人の人々の生活が豊かになる。人間らしく生きていくということが可能になる制度を考えていくのが、我々経済学者の役割。」という発言をされています。
経済成長と幸せな生活を両立させるためにはどうしたらいいのか、ということを考えたときに宇沢先生が提唱したのが、”社会的共通資本”という考え方であり、市場競争に任せない部分を確保して、残りを市場経済に任せることで人間らしく生きる社会とは何か、ということを考えました。

数理経済学の専門家だったからでしょうか、数字のみで導かれる数式だけでは人を幸せにしないということを知っておられました。
自分のようなものでさえ、アメリカにいると、数字をおいかけるということを時々極端に感じ、その限界も感じます。

そして思い出したのがハーバード大学のマイケル・サンデル教授の本「それをお金で買いますか?」です。
政治哲学者である彼が危惧していることは全てが売り物となる社会にむかっていること。お金で買えるものが増えるほど裕福であることが重要になってきて、生きていくうえで大切なものに値段をつけるとそれが腐敗するおそれがあるということです。
そこで市場の役割をどのように考え直すべきなのか、ということを考えさせる本なのですが、これが出版されたのが2012年。格差問題がますます深刻になるアメリカ社会で、効率のみ、数字のみを追求する市場経済に対して、あらためて議論をし直そうという考え方が経済学以外の分野からでてきました。

しかし、面白いもので、市場が過熱しすぎるとイノベーションが起こったりしてポンと価格破壊が起こったり、タダ同然のものが出現し市場そのものがなくなったりすることがあります。市場が過熱するまでもしくは、壊れるまでまつのか、それともはじめから壊れるべきではないものは市場経済に任せないとするのか、その線引きはどのような基準、価値判断ですべきなのか。そのあたりの基準は日本人とアメリカ人では多分、違うでしょう。これを、考えることはTPP問題を理解するのに役立つような気がします。

アメリカでの高騰する高等教育費用、高額な医療費、食の問題等から日本が学ぶことは多そうです。


それをお金で買いますか――市場主義の限界

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