大学改革、グローバル化の意味とは?外国人を受け入れて英語でする授業を増やせばそれで済む?—NAFSA 2015 より

今回のNAFSA2015では日本の大学がグローバル化に向けて改革を進める中、文部科学省からもプレゼンがあるなど、国をあげてどのようなアプローチで改革を進めていくのかということも発表され世界市場を意識したものだと思われました。

今回、文部科学省の代表者、また文部科学省が選出した日本のスーパーグローバル大学の先生方が発表をしていましたがその中で、印象に残った話を一つ。
立命館アジア太平洋大学の教授でもある、近藤先生による発表で、日本の大学は変化が必要、しかし何を変えるのか、というテーマで話をされました。

簡単にいえば、英語で行われる授業を増やし、9月生の受け入れなど、制度を変化させても、現状世界で起きていることを理解し、明確なビジョンを掲げ、リーダーシップをもって教授陣、そして大学で働くスタッフ達を教育し変化に対応させていかなければ、表面だけの変化では意味がないという話でした。

大学の国際間での競争が厳しくなってくると、英語ができればなんとかなる、英語の授業を増やせばなんとかなる、という考え方では根本的な問題は解決しないということで、教育の本質を見失うと、授業料をただにしても、学生が来なくなるということになりかねません。大学自体がどのような人材を育成したいのか、ということが明確でない場合、当然意義のあるプログラムも組めませんし、魅力のないところには人は集まらず、資金もつきるということになります。

本来教育って理想を掲げるものだったのではないのでしょうかね?ランキングの数字や、就職率の数字は結果としてあとからついてくるもので、変化といっても、ある意味、時代に合わせた教育の本質を改めて問うという、原点回帰なのかなという気がしました。

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