アメリカに学ぶ失敗力?

アメリカにいてよくきくことは、失敗を恐れずどんどんトライしろということですが、えーそれで進めちゃうの?っていうくらいのレベルでも、市場にだして、答えは市場にきく、というスタンスを感じますよね。そうやって現場でどんどん改良、改善をしていく。走りながら、同時にバージョンアップしていくからスピードがあります。
小さな間違いを許してどんどん修正していけば、大きな間違いをおこしにくくなるという感じでしょうか。

一方、日本人は完璧を好み間違いがないように一歩ずつ着実に進みます。行動力がないのも、失敗を恐れるからなのだと思いますが、なぜ失敗を恐れるかといえば、社会の許容力がない、ということも大きいのではないでしょうか。間違いが起こると、必ず管理の問題が問われ、さらに間違いが起きないように入念に調整や修正がされていくわけですが、そんな日本の社会はやはり管理社会であり、組織が大きくなっても質を管理し、高い質をキープするようなことに関して、日本人は得意なんだと思います。
ところが、イノベーションが停滞している今の社会では、少なくとも経済活動においては0から1を立ち上げるような全く違うリーダーシップが問われます。

スタートアップの世界は、間違いがないように、完璧な製品やサービスができてるのを待っていたら、間に合いません。
いろんなことを並行してどんどんやっていかなければ、スピード勝負の世界で生き残ることはまず無理でしょう。
顕著なのはテック関連の分野でしょうが、先に数の世界を抑えたところが勝ちます。

アメリカにいると、中高生でもリーダーシップの重要性というのを学校生活の中で、目の当たりにします。それはスポーツなどの部活の中であったり、ディベートなどの授業でもありますが、リーダーというと、日本では誰かが、何かをリードする、支配する(?)というどちらかといえば、1対複数人という構図が浮かびますが、そういうことだけではなく、自分の進む道を、自分自身をリードしていくということにもつながるのでは?
何か新しいことをしようとすればそこにはいつも失敗はつきものです。失敗を減らすことはできても、失敗なくして前に進み続けることは不可能なのではないでしょうか? 失敗したら他人に迷惑がかかる、ということも当然頭をよぎりますよね。人に迷惑をかけてはいけないと教育されている日本だから、これだけ都会に人がいても、礼儀正しく、安全、快適に過ごせるのだとも思いますが、他人に迷惑を全くかけずに生きていくなんてことは不可能だとも感じます。

物事には大抵、いい面と悪い面があって、悪い部分があるから全てがダメとはいいきれず、ルールと規制でどんどんがんじがらめになった管理社会で、他者に対する許容性が失われていくのはさらに怖い事だと思います。

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