日本の若者にリスクを冒す、ということを教えることができるのだろうか?

”日本の若者にリスクを冒す、ということを教えることができるのだろうか?”

とある、アクセラレーターの創業者に日本へ進出することは考えないのか聞いた時、かえってきた言葉です。
イノベーションを起こすべく、インキュベーターやアクセラレータプログラムというものの有効性が認められつつある中で、こういったプログラムが世界中に広がってきています。ところがその会社は日本に進出するのは言語、文化の違いが大きい中特に、リスクに対する考え方が違うという点で彼らのビジネスが日本ではうけいれられにくいのではないかという疑問を呈していました。
日本人の若者の内向き志向というのはどうやら、世界的にも有名になってしまってきているのでしょうか。

リスクをとらない大人をみて育っている若者からしてみれば、当たり前にリスクを冒してはいけない、と思うに違いありませんよね。つい先日も10年ほど日本に暮らしたことがあるヨーロッパ人が日本に暮らしたあとアメリカにきて、何にほっとしているかといえば、失敗が許されることだという(失敗から何を学ぶかが重要)話をしていました。

事業を簡単に始められない(メンタル的なハードルも高い)資金集めや、オフィスを借りるのでさえ信用力が必要、とりあえずやってみようということがなかなか簡単ではない中でリスクをとるというのは難しいのが現実です。しかしだからといってきちっとした計画があり、信用もある企業もしくは団体が始めた事業がうまくいくという保証もありません。

つい先日も、シェアオフィスの視察にきた地方行政の一団の方が、このオフィスに入居するには、それなりの審査があるのでしょうが、どういう条件があるのですか?と聞いたところ、事務所側は空きがあれば誰でも、と答えたのが印象的でした。
そのシェアオフィス会社を立ち上げた人は、そもそも自分が事業を始めた時に、(始めは全く違う事業だった)オフィスを借りるのがすごく大変で、家まで担保にいれなければならず、大変な思いをした経験からその会社を運営するようになりました。そして、オフィススペースを貸すだけではなく、人的なつながりがもてるようなコミュニティー作りをしています。
ここでは成功している人たちがその後の人を育てています。そういった要素もリスクを一つ減らす取組みの一つといえそうです。

スウォッチの救世主が語る、イノベーションを生み出す力

エルマー・モック氏はエンジニアであり、現在のスウォッチをうみだした共同発明家の一人なのですが、1970年代に日本の安価なクォーツ時計に圧倒され、市場を失い、倒産しかかっていた会社(SMH)に当時の額で約5000万円ほどの投資をさせて、ハイクオリティー、低価格、ハイデザイン、の時計を作り、スイスの時計産業の救世主として君臨した方です。彼は現在、イノベーションコンサルテイング会社 Creaholic 社 http://creaholic.com/ を率いています。この会社はイノベーション工場として、大企業が持っている技術を使って新たなイノベーションを起こすことを手伝ったり、この会社のアイデアからスピンオフした企業もあります。様々な分野の専門家が集まり、本来エンジニアの人でも、消費者目線で多様な価値を生み出すビジネスモデルを作りだしています。
その彼が今週ボストンのノースイースタン大学やニューヨークでも公演をしました。

彼がスウォッチグループの前身である、SMHを救うべく新しい商品の提案をしたのが22歳、潰れそうな会社なのに、高額な機械を購入するように上司に提案したところ、すぐに了承してもらえたといいます。上司に恵まれ、誰にも管理されることなく、チャンスをつかんで、ハイクオリティーで低価格の時計を作ることに専念できたそう。始めにターゲットにしていたのはアフリカ、インド、南アメリカという市場でしたが、あっと言う間に世界に広まりました。イノベーションを起こすためには、創造性が非常に大切だということ。そして創造性は誰もがもっているものです。自分は天才ではないので、自分にとってイノベーションとはフランケンシュタインを作るようなものだと、それはつぎはぎ、何か全く新しいものを創造するというより、あるものをつぎはぎにして新しいものを作っていくという感じだといいます。そして、創造性を最大限に発揮するためには自分が興味があって好きなことをすること。。ただし、ビジネスとして継続させていくためには、お金を回す必要はあります。
金銭的利益を追求してできた商品は、短期的にしか売れない、しかし、利益を考えず商品だけ作っていては全く市場では勝てない。よくきくことですが、彼も、あっていることをしていれば、お金は後からついてくるといっていました。

彼は今の時計業界は1970年代の頃のような、状態にあるのではないかと危惧しています。そのような時代にアップルウォッチのようなものがでてきたのは象徴的です。
コミュニケーションの道具を腕につけるということが市場的には大きなポテンシャルがあると思っています。
スイスの時計会社は、時計をジュエリーやアクセサリーとして売ることに成功してきて、高い利益率を確保してきました。一方、その後、新しいアイデアに投資するのではなく、世界中にショウルームを作ることで、短期的な利益に投資をしていますが、市場規模の大きいスマートウォッチのような市場を見過ごしてしまっているのではとの危惧があります。

常に何かを創造していくためにはいかに、多様なものを組み合わせていけるのか、この点は日本の企業が学べることが多そうです。

参考図書:

スイスの凄い競争力

製薬ビジネスディベロップメントの専門家にきく、日本市場にかける思い

日本の社会も女性の活用というものを真剣に進めなければいけなくなってきました。

この女性のインタビューシリーズでは、様々な生き方、働き方をしてグローバルな市場で活躍している女性達にフォーカスを当てていますが、今回の女性は非常にダイナミックな方、グローバルな製薬市場における製薬ビジネスディベロップメント(新規事業開拓)の専門家であるアニー・ベダード(Anny Bedard)さんです。アニーさんは、製薬会社シャイアーで副社長及び、 日本とアジア太平洋地区のゼネラルマネージャーを努め 稀少、難病疾患治療の為の製薬を世界で販売するために、南アメリカ及びアジア各国において、ビジネスをたちあげてきました。そんな彼女に日本のことや自分の強みをどうみつけていくのか、そしてこれからの展望をききました。

彼女はカナダケベック州出身のフランス系カナダ人で、サイエンス、バイオケミストリーを勉強した後、製薬関連の マーケティング、営業の仕事を始めとし、カナダ(フールニエファーマ)、フランス(フールニエファーマ)、アメリカ(セロノ、シャイアー)と拠点を移動させてきました。

—世界中を移動されていますが、引っ越しを伴う移動の際は、何を基準に決断するのですか?
私は何か新しいことに挑戦することやクロスカルチャーの環境で働くことが好きです。上司に恵まれたというのもありますが、周りにもチャンスがあったらどうしたいのかという自分の意思を伝えておくということも大切です。

—新規市場開拓というのはどこの国でしてきたのですか?随分時間もかかりますよね?
メキシコ、ブラジル、コロンビア、日本、韓国、台湾等です。1つの市場に大体、1年くらいかかります。10人くらいのチームで市場の大きさ、法規制といったようなことを調べる市場調査をして販売ルートを確保します。ジャングルの中に道を作るようなもので、とりあえず市場を開拓し、基盤を作ったら後の人に引き継ぎます。遺伝性の稀少、難治性疾患というのはとても限られた市場です。より患者の方に近いところでビジネスができるのが魅力的です。

—南米とアジアって文化も、人のメンタリティーも全然違うと思うのですが、大変ではありませんでしたか?
私は何かに挑戦するのが好きですから。(笑)
そうですね、確かに、ブラジルと日本は全然違いますね、ブラジルには日本人がたくさん移民として住んでいますが。アジアと一言でいっても中国は日本とは全然違いますし。特に日本や韓国は男性社会ですね、でも日本人の女性は本当に優秀な人が多いですよ。信頼もできるし、きちっと仕事をするし、オーガナイズもできている。
でも、自分の箱の中からでることも大事ですよ、それには変わる勇気やガッツは必要です。

—日本の社会の特異性はなんでしょうか。
仕事における価値観というのは西洋と日本では違いますね。自分が日本市場に参入するときは、長年日本に住んでいるアメリカ人と西洋人の考え方がわかる日本人のコンサルタントの方に 色々教わりました。特別だと思うのは、結果以上に過程を重要視することでしょうか。あと、仕事が細かく細分化されているので、人がたくさん必要ですね。

—どうしたら自分の強みを発見して、自分の得意な分野で仕事を続けられると思いますか?
必ずしも、全ての人が好きなことや得意なことを仕事にできていないかもしれません。私は1年の終わりにはいつも、今年成し遂げたこと、反省点、来年に持ち越す課題というのを洗い出して、自己評価をします。そしてそれを又第三者からも評価してもらいます。そうすると、自分の強み、得意なこと、好きな事が見えてきます。好きなこと、得意なことが仕事の中でより生かせていればいいですし、そうでないなら現在満足できているかを確認することは大事です。

さて、彼女は次のステージ、起業をするために 準備をしています。

—これからのビジョンは?
日本が大好きだしとても素晴らしい国だと思います。しかもアメリカ、ヨーロッパに続き、製薬市場として大きなもので、非常に魅力的です。遺伝性の稀少、難治性疾患治療の為の製薬や処方箋の必要な特殊な薬を扱う規模の小さな会社やスタートアップが 日本市場に新規参入するのを手伝うようなビジネスをしていきたいと思っています。
それと同時に日本の女性達にも頑張ってもらいたいです。特に製薬産業にいる女性達がもっとオープンになって、活躍できるように手助けをしたいと思います。

—私は以前、日本にいる外国人CEOから、外国に住んでいた人と一緒のほうが働きやすいし、そういう人を採用したい、ということをききました。
そうですね、でもだからといって全員が外国で研修や留学できるわけではないですし、日本しか知らない、日本語しかわからない人にいきなり、グローバルになれというのはフェアではないです。
外資系の会社にいる人達や、外国帰りの人達というのは社会を変えていく上でいい人的資源になると思われます。彼らに手伝ってもらって人的ネットワークを作っていくとか、例えば、パーソナルディベロップメントプログラムのようなものを作って一つずつ階段を上っていくようにするとかという方法が、個人レベルでできることかもしれませんね。

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とてもエネルギッシュな方で楽しそうに話されるのですが、よくよくきいていみると本当にすごい事をされている方です。世界を股にかけて活躍とはまさにこういうことをいうのだなあと思います。
お話をきいていて個人的には日本の規制の多さ、書類の多さ、 根回しの必要性、コミュニケーションに時間がかかる、といったことが仕事の効率性を下げている可能性があるように思いました。英語で書くと簡単なことでも日本語にすると、 文章が長くなりますし、それだけ、気を使って書いて、なかなか核心に話がこないというのは、日本語や日本文化の特徴なのでしょう。

女性を活用し、少子化をとめる為には労働の生産性をあげて、人が働きやすい環境を整え、男女ともに長時間労働から解放されることが必要 ですね。そのためには外部の成功例を見たり意見をきくことは参考になります。

アニー・ベタードさん

アニー・ベタードさん

チアで人材育成を目指す、CHEERMAX代表 IKUさんの話

アメリカの高校でかわいい子はチアリーダーというイメージがあるのですが、チアは実は、一歩間違えればとても危険なスポーツです。しかし、そのチアやダンスを通じて個々の運動能力や思考能力を高め、社会との協調性、国際性など、国際プログラムを展開することによってこれから世界を舞台に活躍する人間が一人でも多く育てばと願い頑張っている、 CHEERMAX代表 Ikuさんを紹介します。

Ikuさんは小、中学校をアメリカ(カリフォルニア)で過ごし、高校時代に日本に戻ってきました。高校で、チアリーディング部に所属してからずっと、チアやダンスを続けています。
現在好きなことを仕事にしている彼女、どうやってその流れを作ってきたのでしょうか。

Q:大学では何を勉強して、その後はどういう仕事をしたのでしょう?

青山学院大学の英文科を卒業してから、ナイキに就職しました。大学時代に小林克也さんの事務所でバイトもしていたので通訳も含め、”話す仕事”をするチャンスはありましたが、どうにもしっくりいかず、考え抜いた末、ナイキというメーカーがブランドとして好きだから、という理由できめました。エアロビクスの指導もできたので、その自分を最大限に評価してくれ、仕事を任せてもらえたことは非常によかった。マーケティングの担当で、仕事に面白みを感じていましたが、一方で知識が足りないのも感じました。そこでもっと勉強したくて青山学院大学の国際政治経済学部でMBAのコースをとりました。そして、その後、アディダスジャパンの立ち上げに伴い、メンバーを募集していたので、転職しました。ナイキにいる時は、感覚や経験値でやっていたことが、MBAのおかげでアディダスでは、知識も伴って、具体的に戦略がたてることができました。

Q:チアをずっと続けているわけですが、その動機はなんでしょう?

学生の時に、ダイエットから拒食症になった友人を真近にみて、ダイエットでなく、女性に運動をして健康的にやせてもらう為にはどうしたらいいのかと考えるようになりました。
とりあえず、格好から、素敵なファッションから入るのではいいのではないか、またチアというのも一つの鍵になるのではという視点からチアやダンスでネットワークを作ることをしています。
アディダスにいる時にスポーツウエアをスポーツ売り場にでなく、ファッション系の百貨店にファッションブランドとしておいてもらい、トップエンドのファッション雑誌でプロモーションをしました。その後のマラソンブームやファションとスポーツウエアの融合ということに少なからずの貢献ができたかと思います。

Q:CHEERMAXはどうやって作ったのですか?

大学の時にいたチームを社会人になってから離れ、93年には自分のチームCHEERMAXを立ち上げました。始めは友人4人で始め、自分達が踊ったり、大会にでたりしていたのですが、学生時代からダンスをやっていた関係で多くの関係者が出番をオファーしてくれて、だんだんメンバーも増えていきました。ちなみに指導を始めたきっかけは先輩のピンチヒッターで、はいったことですね。

Q:今はどんな仕事をしていますか?

アディダス在職中から、USAジャパン(アメリカ西海岸のチアリーディングスポーツエンターテイメント普及団体)の顧問的な役割を果たしていました。一時期は専門で経営企画などをしていたことでたくさんのことを経験し、学びました。現在はチアスクールの運営、指導員の派遣や幼稚園のアフタースクールプログラム等への講師の派遣といったところでしょうか。

Q:将来の展望は?

自分達のスタジオをもつことですね。スポーツ留学を斡旋したり、指導者の育成にも力を入れていきたいと思っています。

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彼女の決断力、それはどこからくるのですか?との問いに、”カン”との答え。”昔から、カンが強いのですが、信じる気持ちが強いんですよね”、と笑う彼女。
にこやかな笑顔の裏に、とてもシャープな、無駄のない感じがしました。時代の流れを読む、カンは元々もっている才能が、経験によって更に磨かれシャープなものになったのでしょう。
現在は250人ほどの生徒をかかえるCHEERMAXですが、ダンサーとしてだけでなく、人材を育てるほうになりつつある彼女。優れたマーケターとしての彼女が今度は更なるトレンドを作ってくれそうな感じがしました。

バイオ産業のカタリスト、投資家でもある女性起業家の話(2)

バイオ産業のカタリスト、投資家でもある女性起業家の話(1)からの続きです。

ーところで、ヨーロッパの女性のほうが自然に働きながら子育てをしているのを感じるのですがどう思いますか?ご自身は、二人のお子さんを育てながらスタートアップも2つ立ち上げ、大変忙しいと思うのですが。

確かに、ヨーロッパでも子育てしながら働くのは普通なんですが、別に外で働かなくても、周りの人はその人の人生を尊重します。
でもここでは、お金を持ってくる人が尊敬されますね。だから、子供が小さくて働けないとか、他の理由で家にいる人が何かを逃してしまったという気持ちになるのかもしれません。それから、ここでは女性達が何かを怖がっているのを感じますね。。。アメリカではデイケアやサポートするインフラは充実していると思いますが、競争社会ですし、プレッシャーもあります。
だから私のいる会社では子供を育てる親達は、9時から5時までとかフィックスでなくフレキシブルに働けるようにしています、シングルファーザーもいますし。すると面白いことに3倍くらいはハードに働くようになったんですよ。

私は、ビジネスを作り上げていくのが好きなので、お金をあげるから頼むからうちにいてくれ、といわれても断りますけど。
でも、子供がいて本当によかったと思いますよ。大抵のいいアイデアは子供達と一緒に何かをしている時に得ます。自分の周りにも、キャリアの為に子供を断念している人がいますが、大事なものを逃していると思いますね。

私は一人目を生んで、6週間目で仕事にもどり、2人目の時は3ヶ月後にスタートアップを立ち上げました。確かに子供にはお金がかかりますけど、やはりそれも優先順位の問題なんです。あとは、いいベビーシッターがいることも重要です。

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これまでに自分の道を進んでいる幸せな女性の起業家達と話してきて思うのは上手くやっている人達は、自分のしていることが楽しくて、本当にしたいことをしているということ。そして、誰かが損をするような、ビジネスをしないというのが、基本にあると思います。彼女も話していましたが、バイオの世界では非常に倫理観というものをとわれます。投資というとROIをまず第一に考えるはずですが、彼女が求めている世界は、患者中心の世界、患者にイノベーションをもたらす、 ということがゴールなのだと。治療の結果がでない為に、患者のために追加投資をしないケースもありますが、それでも色々なものに投資していけば、どれかが回収されるのでロングランでみる必要があるとのこと。投資家というのも数字の背景にある何に投資するのか、ということを見極めることがますます問われてきそうです。

私生活をみれば彼女もやはり優先順位が一番高いのは”子供”だといっていますが、ヨーロッパの女性は何かに依存する傾向はあまりないように思います。自分の人生だから、他人から見た自分の評価というのもあまり気にしないし、その人がそれで幸福ならそれでいいんじゃないの?で終わってしまう。アメリカでは“イメージ”というものをすごく大事にすると彼女もいっていましたが、他人の目を気にしすぎる事が、彼女の話していた“女性達が何かを怖がっている”事につながるのかもしれません。