”奇跡の経営”でイノベイティブになる!

さて前回の話、
どうやったらイノベイティブなスペースが作れるのか? で、イノベイティブな仕事のために、名刺をなくして、役職も隠す、、、ということをしては、といったのですが、実際にプロジェクトではなくて会社そのものがかなりフラットで組織階層がなく、公式の組織図も存在しない、というブラジルの会社があります。

ブラジルのセムコ社は2代目社長がほとんど倒産の危機にあったところから、急成長した会社でビジネスプランも、短期・長期計画もありません。ミッションステートメントがなく、決まったCEOが不在であることもよくあり、CIOやCOOもいない、人事部がない、給料も自分で決める、経費を承認する人はいない、というおよそ常識的な会社からはほど遠いのですが毎年、40%の業績アップを果たし、社員も3カ国に3000人が務める規模の組織です。
”奇跡の経営”という本で紹介されていますが、本にはどうやったらそういう会社になれるかというよりも、その哲学、思想のようなことが書いてあります。一流といわれる経営者はやはり、哲学者でもありますよね。自分の信念にもとずいて生きている。

奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ

直感力を重視。人間は直感にもとづいて行動することをもっと奨励されるべきであり、まずはやってみて、失敗すれば謝ればよい。セムコには「許可を願うより、許しを請え」というモットーさえあると!
うーーん素敵。(笑)でもきっとそこまで自由になったら、制約があるほうがかえって楽だという人がでてきそうです。そう、制約があるということは自分で考えなくてもいいから。だから自由には責任がついてまわるんですよね。でもそれが本当の大人の行動だといえそうです。

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どうやったらイノベイティブなスペースが作れるのか?

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市場経済のいきつくところ

NHKクローズアップ現代

経済学者、宇沢弘文先生のことを知りました。

彼は1960年代にすでに市場に競争を任せ、効率を追求することで格差が生まれるという考え方をしていて、シカゴ大学教授時代に市場原理主義者ミルトン・フリードマン氏と対立します。そしてシカゴ大学の教授をやめて日本に戻ったのですが、彼は
「市場で取り引きされるものは、人間の営みのほんの一部でしかない。医療制度とか、学校制度とか、そういうのがあることによって社会が円滑に機能して、そして一人一人の人々の生活が豊かになる。人間らしく生きていくということが可能になる制度を考えていくのが、我々経済学者の役割。」という発言をされています。
経済成長と幸せな生活を両立させるためにはどうしたらいいのか、ということを考えたときに宇沢先生が提唱したのが、”社会的共通資本”という考え方であり、市場競争に任せない部分を確保して、残りを市場経済に任せることで人間らしく生きる社会とは何か、ということを考えました。

数理経済学の専門家だったからでしょうか、数字のみで導かれる数式だけでは人を幸せにしないということを知っておられました。
自分のようなものでさえ、アメリカにいると、数字をおいかけるということを時々極端に感じ、その限界も感じます。

そして思い出したのがハーバード大学のマイケル・サンデル教授の本「それをお金で買いますか?」です。
政治哲学者である彼が危惧していることは全てが売り物となる社会にむかっていること。お金で買えるものが増えるほど裕福であることが重要になってきて、生きていくうえで大切なものに値段をつけるとそれが腐敗するおそれがあるということです。
そこで市場の役割をどのように考え直すべきなのか、ということを考えさせる本なのですが、これが出版されたのが2012年。格差問題がますます深刻になるアメリカ社会で、効率のみ、数字のみを追求する市場経済に対して、あらためて議論をし直そうという考え方が経済学以外の分野からでてきました。

しかし、面白いもので、市場が過熱しすぎるとイノベーションが起こったりしてポンと価格破壊が起こったり、タダ同然のものが出現し市場そのものがなくなったりすることがあります。市場が過熱するまでもしくは、壊れるまでまつのか、それともはじめから壊れるべきではないものは市場経済に任せないとするのか、その線引きはどのような基準、価値判断ですべきなのか。そのあたりの基準は日本人とアメリカ人では多分、違うでしょう。これを、考えることはTPP問題を理解するのに役立つような気がします。

アメリカでの高騰する高等教育費用、高額な医療費、食の問題等から日本が学ぶことは多そうです。


それをお金で買いますか――市場主義の限界

日本人経営学者が教える、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』

最近読んだ本に
『世界の経営学者はいま何を考えているのか』
という本があります。


世界の経営学者はいま何を考えているのか ― 知られざるビジネスの知のフロンティア

この本を書いているのは アメリカのビジネススクールで活躍されている数少ない日本人経営学者の方(入山 章栄氏)です。(*この方は現在早稲田大学ビジネススクール准教授になられました。)
ビジネススクールや経営学の教授になるには実務が必須なのかと思っていたらそれ以上に大事なのは様々な事象や意思決定を科学的に分析し(研究)検証する事、すなわち論文を書く事だった、というまあ学術的に考えれば当たり前といえば当たり前のことを今更気ずかされた本です。
ハーバードビジネススクールに修士4つ、博士2つもっている教授がいるのですが、なぜ、その必要があるのかわかりました。。。

結局、論文を書くということはあくまでも、過去のデータから見た統計であり、それを読んだ人は今後もこうなるであろう、ということを思うわけですがこの本にもあるように、実際の成功例というのはデータからはみ出しているもので、平均値をとることがこの先も正しい選択なのか、ということを考えさせられます。どの部分をデータでとって、どの部分を経験値や勘で決断していくのかという組み合わせが、競争力の背後にあるような気がしました。だから、何度も立ち上げ何度も失敗した多くの実務家にとっては、経験値と、勘や信念、哲学というものを重視する傾向にあるのではないでしょうかね。。。

この本では、例えば、イノベーションを生みだすにはどうしたらいいのか、ソーシャルキャピタルの話、国際起業家の話、リアルオプションの話、経営学は役に立つのか等、いくつか面白いトピックが浅く広く取り上げられています。

その中で自分が気になったトピックを2つ紹介します。

まず、なぜ国際起業家が増えているのか、ということですが、そもそもアントレプレナーは地域に集積するものですが(ボストンやシリコンバレー)その理由としては、以下の2点があります。

• 知識は飛ばない
経営資源、人的つながり、知識、情報は集中していたほうが得やすいということがあります。

• ベンチャーキャピタルも飛ばない
スタートアップとベンチャーの距離は平均94km
(ただし、これも平均値であり、もちろん、日本から外国に投資するベンチャーというのもあります)

アントレプレナーは集積する傾向にあるのに現状、ビジネスは広範囲にわたり、ローカルとグローバルが同時に進行しています。

それが可能になったのはインターネット等の発達というのもありますが、超国家コミュニティというものの出現というのもあげられます。すなわち、アメリカで学んだ人達が自分の国に戻って今度は自分の国からアメリカとの新しい関係を構築していくということで、両国間での頭脳の循環を作っているのです。

それからもう一つ、日本人は集団主義的な国民とのイメージがありますがホフステッド指数(国民性を数値化したもの)でみるとそうともいえないということ。(他のアジアの国と比べると日本人のほうが個人主義的な傾向が強い)日本人(韓国人、中国人)は自分のグループや仲間を信用はしても、そのグループの外の人はなかなか信用しないということ。

これ、イベントや、普通の軽いパーティとか見ていてもそう思います。招待する方も、他に知り合いのいない人を呼ぶのは難いし、知り合いをグループ単位で呼んでも、グループ同士がほぼ交わりませんね。ほっておいて、自分から話かける人達は非常に少ない、下手したら、ちゃんと紹介しても、紹介者がいなくなったらもう会話終わりみたいな。。。

そういうわけで、ビジネス上で海外企業と信頼関係を上手く構築できない可能性があるのは個人主義のアメリカ人ではなく、日本人かもとの指摘があります。

間違った思い込みを経営学が科学的に証明していければ経営学は役にたつといえると思いますが、人の行動や、意思決定というものを、どこまで科学的に説明できるのか、ということが経営学の今後の課題ということでしょうか。