OECDが実施した、学習到達度調査(いわゆるPISA )2012年度の調査結果が12月3日のボストングローブにのっていました。世界の主要都市や国で、15歳を対象に行われた、数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシーに関するテストの結果です。
記事にはマサチューセッツ州の健闘、について書いてあるのですが、”日本”の文字を探してもみつからない。。。グラフにも記事にも、、そんな、ばかな、とOECDのHPに入り、ランキングを見てみると気ずいたことがあります。
上位のランキングが上海、シンガポール、香港、台北、韓国、マカオ、日本、リヒテンシュタイン、スイス、オランダと続くのですが、この中で国なのは、シンガポール、韓国、日本、リヒテンシュタイン、スイス、オランダになります。残りは中国語圏の国、都市になります。
この調査は国単位というより、地域や都市単位、でも調査しているので、そこに少し違う切り口、すなわち、人口と面積を加えてみました。
すると、少し違うものが見えてきます。
上位にランキングしている、国、または都市は圧倒的に小さいのです。特にシンガポール、上海、香港、台北、マカオ、リヒテンシュタインは面積が小さい。それに対して、日本は圧倒的に面積が広いし、人口も多い。
ではこれなら、もし東京という区切りをした場合、どれくらい違いがあるのか。多少の違いはあるかもしれませんが、それでも中国のような違いはないはずです。もし、中国という一つの国で考えた時、ランキングは全く違うものになるはずで、それが、アメリカも同様なわけであり、よってマサチューセッツ州としては、アメリカの中で競争するより、世界の他の都市、国と競争をあえてしているわけです。
上位のランキングの場所ほど、面積が狭く人口が少ない。これは経済圏が小さいほど、その中での経済的格差も少なく教育格差も少ないからでしょう。てっとり早く、学力ランキングをあげたければ、教育特区を作り、そこだけ集中して、いい教育をすればいいわけです。
そういう風に見てみると、日本の特異性というのが際立ちます。日本の場合はこの人口数と面積で、ランキングが上位ということは、少なくとも15歳の時点では日本人全体の教育レベルが高く、日本の基礎教育はちゃんと機能していると言えるのではないでしょうか。
一つの問題は、OECDも指摘していますが、2003年度より、日本でも社会経済的水準の高い学校と低い学校間の得点差が拡大しているそうです。日本がこの先、他の国のように、ほんの一握りの人々が、国の経済をひっぱっていくという状態になるのを受け入れるのか、それとも、みんな一緒に、レベルアップしていくという方向を貫いていくのか、もしくは、みんなで沈んでいくのか。
実はその鍵を握っているのは、高校〜大学の教育なのか、と思います。
そこで、ハーバードビジネススクールのドイツ人教授が話していたことを思い出しました。アジア人は必死に勉強していい大学や大学院には入ってくるが、でもそこから伸びて行かない人が多いそうです。教授が言う、のびていかないとは、創造性がない、ということです。それは学生が自主性によって学んできたわけではなく、詰め込み教育で学んだせいだ、と、彼は見ています。日本はこの10年以上、その詰め込み教育を方向転換するべく、色々方策を練った事と思いますが、結局、小、中学校レベルの方針は今やっていることでよく、そのレベルを改良しつつ、高校、大学のレベルをなんとかするべきなのではないでしょうか。
大学の変革、という話や、小、中学校の改革の話はよく聞くのですが、高校はいったいどうなっているのでしょう?
あまり話を聞かないような気がするのですが、高校教育が鍵になるかもしれません。
大学に行くまでに、高校がするべきこと、は自分で考えさせる教育の始まり。小、中は知識を蓄え、高校では知識も増やしながらも、今までにためたものをつなぎ合わせて、創造性を発揮し始める時期だと、思うのですが。だから、アメリカや一部のヨーロッパの高校では、答えがみんな違うような、又正解がないようなテーマを出して、ひたすら討論させたり、論文を書かせたりするのだと思います。それが残念ながら高校で、必死に大学に受かるだけの為の受験勉強をして、いい大学に入り、それが一つの成功経験になってしまうと、そのやり方でやっていけばいい、と思ってしまい、結局、ハーバードの教授のいうように、何かを創造することがわからない、もしくはできない、ということにつながるのかもしれません。それを国単位としてみると、創造することができないとイノベーションを起こせず経済が発達しない、というわけですね。
今回のPISAの結果、色んなことを考えさせてくれました。
