欧米はなんでも似ている?実はこんなに違います、欧と米。。。

ここのところ、アメリカの高等教育が世界で一番だから世界中から人が集まるとか、アメリカはインターナショナルだから外国に行く必要もない、というアメリカ人の親の発言をきく一方、レベルのいい大学は外国との交流を大事にし、なるべく大学生を外国にいかせようとします。アメリカに限らず内向きになってしまう可能性というのはどの国でもあります。だから学生を外向きにしようという動きが大学ではおこるのだと思いますが、ポイントは外国人がアメリカを知っている以上にアメリカ人は外国をしらないということ。幸か不幸か、外国に行っても多くの人が英語を理解することも一つの理由か、外国語が流暢なアメリカ人は多くはありません。(”日本人ってどうして英語がへたなの?”ときかれて、じゃああなたは何語ができるの?ときりかえしたことも。。。)

日本のメディアはなにかというと”欧米”というくくりで、欧と米を一緒にしますが、少なくとも教育の分野は欧と米は随分違います。
先日マイケルムーア監督のWhere to Invade Next?という映画をみたのですが、

これをみるとアメリカとヨーロッパがどれだけ違うかということがよくわかります。
特に教育制度ということをみれば欧と米以上に日と米のほうが似ているくらいだと個人的には思います。

初めてスイスに住んだ20年以上も前のこと、店は通常営業時間は夕方6時くらいまでで、日曜日は全て休み、土曜も午後4時には全てがしまるという中、”お客さまは神様”の国から来た私は、なんと未開の地にきてしまったことか、と驚いたものです。が、強制的にシャットダウンされ、家族、友人や自分にしっかり時間をとれることのよさというのを今更ながらに感じます。ドイツの企業の中には、週末のメールのやりとり禁止にしているところもあります。便利になるということが逆に他の誰かにとっての余裕のある”人生を楽しむ”ことを妨げている面もある、と感じるようになったのは自分が歳をとった証拠でしょうか。。。

2020年にはアメリカのフリーランス比率は40%!?

4月20日のボストングローブには、正社員率がますます下がるという見通しについての記事がのってました。

2014年のアメリカのフリーランサーズユニオンの研究によると現状34%のアメリカの労働者はフリーランスだということですが、この数が2020年までに40%になると予測しています。数字が現実的か否かは別としても、明らかにたくさんの仕事が正社員ではなく、いわゆる、契約社員によって行われるというのは事実のようです。2009から2013年には失業率は7%にもなり、この間たくさんの人が望まなくても非正規社員の仕事を選ばざるおえなくなったといいますが、実際9割の人がその結果に満足して逆にこの先ももう典型的な仕事には戻らないだろうと答えています。
フリーランスの一番の問題は収入が一定でないこと。収入が安定しないことは将来設計をたてること、また社会保証や健康保険を払うのを困難にするという面もあります。

大企業に入るのも、会社にいいように使われるのではなく目的をもって自分を成長させてくれる仕事、少なくともそのような視点で仕事をしていければ、先々フリーランスとして独立していくこともみえてきます。会社にとっても、依存型の正社員をコストをかけて雇うより、目的別に人を随時雇うことで会社側のコストがへりますし、自分の能力で自立できるフリーエージェントのような人が増えることは会社というそのものの、形も変える可能性があります。
例えばUber。Uberの運転士は、従業員ではないですよね。自分がオーナーであり、自分で働く時間を決め、会社はそのプラットフォームをつくっているだけです。

フリーランサーは自分の技術がしっかりあり、精神的にも自立して自由が好きなひとには向いている面もありますが自己管理力も問われますよね。
自分が何者であるか、ということを認識できていないと、ただのフリーターのように次から次へと仕事を転々とすることにもなりかねません。
このブログでも追求している”起業”というのも実はそもそも自分の役割はなにか、自分に何ができるのか、ということを明確に認識でき、スキルがあればフリーランスという名の起業ができる、といえるわけで、その力をどのようにつけていくのか、ということを考える為にブログを始めました。会社という組織にはいっても、プロ集団の一人として確立したものがあれば、どこにいっても、独立しても大丈夫。そういうポジションを目指していったほうが先々、いろんなことが起こっても困らない気がします。

多くのアメリカ人はロボットがますます仕事をするようになると思っているけど、自分の仕事は機械ができないと思っているという話

車の自動運転なんてまだまだ、映画の中での話なんて思っていたらあっという間にきそうな気配になってきました。AIの話やボストンダイナミックスのロポットとかをみていると、なんだかその傾向がどんどん加速している気がします。
3月10日にだされたピューリサーチセンターの結果によるとこの50年で大抵のアメリカ人はコンピュータやロボットが労働市場を劇的に変えると考えており、現在、人がやっている多くの仕事は消えると思っていますが自分のやっている仕事をみるとそれがロポットがやるとは考えていないようです。

80%以上のアメリカ人が自分の今やっている仕事が50年後も残ると考えています。
特に公共部門や教育、ノンプロフィットで働いている人たちは次の50年で7%の人しかほどんどの仕事が機械化されるということを信じていないといいます。(一般企業の人たちは13%に対して)またジェネレーションの違いによっても認識の差があるようで、50歳以上の人たちは76%が自分の仕事が残ると思っているのに対し、18-29歳では84%の人がそう思っているということで若いほうが楽観的にですね。しかし機械よりも実際は自分より、低い賃金で高いパフォーマンスを出す人たちや、自分のいる産業自体が成り立たなくなることで仕事がなくなるということに対する危機の方がもっと現実的な問題だととらえられているようです。

機械の出現というと、工場とかそういったところの仕事が効率化するというイメージが昔はありましたが、これからは知的産業の部分にAIが進出してくることにより、あきらかにホワイトワーカーの労働市場に機械が進出という可能性が高くなってきました。知的労働でも人とあまりコミュニケートする必要のない、数字のみを扱う仕事とかは確かに消えていく感じがします。

先日Vecnaに行った時、アメリカ医療現場で、スタッフ不足を補う為に、待合の椅子にこしかけるだけで、バイタルチェックができる椅子というのをみましたが、これまでに医療現場など多くの人が関わっていた現場でもどんどん機械化が進むことになりそうです。日本のように高齢化社会が進む場所では得にその傾向は強そうです。

機械が労働市場に参加してくると、機械がノウハウや知識(データ)を所有することになり、その知的所有権とかの問題とかがでてきそうですね。実際Vgoもやろうと思えば、Vecona社が世界各国にあるVgoの使用状況を監視できるということで、ロポット産業が大きく力をもってきそうです。

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教育機関にも使われているロボット Vgo
ますます進化するロボット

教育機関にも使われているロボット Vgo

マサチューセッツは工学系のMITがあるせいもあるのでしょうがロポット系の会社が結構あります。

その中に教育機関や医療機関で使われるロボットを作っているVecnaという会社があります。
ここの教育関連で使われているロポットにVgoというのがあるのですが、
IMG_vecna
Vgoは例えば自分が学校にいかなくても、機械が学校にいって授業をうけてくれて、自分はモニターで自宅からでも授業に参加できます。話すことができない子供も、キーボードに入力することで、Vgoがかわりに話してくれます。病気で学校に行けない子だったり、メンタルや社会性に問題があり不登校になってしまった子供などに人気があり、世界のいろんな場所で使われています。日本だと東大にもあるようです。

VgoはWIFI環境があれば、どこへでもリモートコントロールで移動できるので理論上は自宅から電車にのってどこかへいくということも可能だそうです。
ただし、現実的には階段を上ったり障害物をさけたりする必要があるので、下半身のアタッチメントが足のような形状じゃないと難しそうですね。

勝手に選んでみました,日本の商品(サービス)で圧倒的に完成度が高く、世界で競争力があるもの

さて 前回の話より、私が個人的に、日本の商品(サービス)で圧倒的に完成度が高く、そのまま世界で通用すると思われるものをあげてみます。

1 パッケージデザイン
ドレッシングの容器やはちみつのパッケージ、ビニール袋に入った砂糖、あげるときりがないですが、少なくとも”食”に関わるパッケージの作りはアメリカでは首を傾げたくなるものが結構多いです。ハサミを使わなくてもきれいに切れるはずのパッケージがきれいに切れず、ハサミのお世話になることになったり、瓶の蓋がまがっていたり、どう考えてもこれは年寄りには開けられないでしょ、というパッケージというのも結構あります。切り込みがちゃんとはいっていたり、点線が入っているのに(そこから開けられるように)全く役に立たなかったりと、大多数の人はそれしか選択肢がないわけですから、もっといいものが世の中に存在しているということ知らないんですよね、きっと。

それから、ビタミン剤のような錠剤が必要な大きさの10倍くらいの容器にはいっていてびっくりしたこともありますね。新しく買ったのにもかかわらず、すでに誰かが食べてしまったのかと思いました。そのような容器なのに、20%増量!とか書いてあって、さらに驚かされたりもします。アメリカの場合はとくにスペースがあるせいか、大きいことはいいことだ、お買い得感という感覚が強いのでしょうか。

2 ラップ類
日本のラップ類は商品自体の完成度がかなり高いですが、中身が全てなくなるまで箱が壊れないというのもいいですよね。
パッケージデザイン全般に関しては、あまりヨーロッパにいるときは不便を感じませんでしたが、ラップは日本のものに勝るものはないような気がします。
以前、日本のサランラップをお土産にもっていったら、感動した友人は一方懐疑的な目で、”これは体に悪い物質が使われているにちがいない”と真剣にいっていましたが。

3 文房具
フリクションペンに代表されるように、ペン類、シャーペンはいいものが日本にはたくさんあります。シャーペンなどは、名前をかいてもとられてしまうといっている学生もいるほど。
それからシール。自分が学生だった頃、当時ソニープラザに売っていたかわいいアメリカのシールが大好きだったのですが、今となってはお土産に日本のシールを買っていくようになってしまいました。
またカードや手紙類の紙製品も、いいものが多いですよね。これだけメールやSNSなどが広がっていても、特にアメリカではクリスマスカードや誕生カード、令状というのは相変わらずカードで、出す人が多いです。

4 刃物
文具にもありますが、パンチ(穴あけ)やカッター類、ハサミといった刃物。時々アメリカで売っているもののレベルにびっくりします。
アメリカ製でないからなんともいえないかもしれませんが。。。ヨーロッパにいるときはここまでひどいと感じなかったのですけど。。。
台所で使う包丁のような刃物はさすがに日本製のものの認知度は高いです。もっともglobalの包丁のように、日本にいるときはあまり気ずかなかかったものもありますが。日本はやっぱり刀の国なんですね。

5 台所(プロダクトデザイン)
個人的には台所のデザインで一番なのはドイツだと思うのですが、日本のメーカーも実は結構頑張っていると思います。
狭いところにどうやって効率的に収納できるかというのを計算尽くしている感じはありますね。
特にアメリカのキッチンは場所が広いのにどうしてこんなに収納しにくいのか、不思議なくらいです。場所が広いだけにあまり考えなくても収納できるのかもしれませんが、都会は意外と狭いですよ、だからワンルームマンション用のキッチンユニットはモジュールを少しかえれば、日本のメーカーが企画したものも十分いけそうです。

6 人
ちょっと語弊がありますが。。。
実は語学力を差し引いて典型的な ”日本人” 自体に競争力があると思います。
コミュニケーション能力が必要とされる分野ではなく正確さや緻密性、技術力がとわれる職人的な専門分野では特に重宝されると思います。

今回は ”食” のように、すでに国をあげて輸出しようとしているものはあえてとりあげませんでした。あと広告とかも、実は面白いと思いっています。
とにかく、共通しているのは日本の製品はよく考えられているということで、逆に考えられすぎて、めんどくさくなっているものもあるくらいです。
一部の電化製品のように、電話帳のような厚さの説明書が必要なものは、あまりにも複雑になりすぎて逆に衰退していくでしょうね。

しかし、ちょっと考えただけでもこれだけあるわけですから、探せばもっともっとあるはずですよ、世界で通用する日本の商品(サービス)。