ボストンマラソンを走って社会起業家になろう その3

今度の月曜、愛国者の日に、ボストンマラソンが開催されます。去年、ボストンマラソン爆破事件があり、この1年、”Boston Strong” というスローガンの下に、ボストン人が一丸となって、悲劇を乗り越えてきました。この事件、直接事件に巻き込まれてしまった方々だけでなく、色々な人達にインパクトを与えてきました。

去年の9月に今年のボストンマラソンにファンドレーザーとして参加することをきめたAnne Ghayourさんのストーリーをブログにのせましたが、この半年間で彼女はファンドレージングの当初の目標額11000ドルを上回る、15000ドルを集めました。(実はまだ、募金が増えています!)彼女は、募金をした人たちにこんなメールを書いてきました。

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マラソンが5日後に迫ってきましたが、皆さんに心からの感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

現在は精神的にも肉体的にも感情的にもおちついていて、筋肉もトレーナーのおかげでとてもいいコンデション、体も軽いです。

私の心はこのレースを走る事で喜びに満たされています。私は、みなさんとみなさん方が愛する人達の為に、そして去年のゴールラインでの悲劇に見舞われた方々に敬意を表して走るつもりです。
この長いマラソンを走るにあたり、惜しみないサポートをしてくださった方々、厳しい日々の中勇気ずける言葉をかけてくださった方々、その気持ちが私を支えてくれて、月曜には私の背中をおしてくれることでしょう。

みなさんの寛大な気持ちが個人のPRとなりデイナファーバーのがん研究所へのファンド-レージングにつながりました。

http://www.rundfmc.org/2014/anneg

今回、マラソンを走る事にした理由はたくさんあります。3ヶ月ほど前に、ホスピスに入った友人は私がゴールラインにいるころには息子に会いにヨーロッパに行っているでしょう。ニューヨークに住んでいた頃、心を開いた15年間会ってもいなかった友人が、最愛の人を癌でなくしていました。2007年初めてのマラソンの準備をしていた時に息子をなくした友人、彼女は、この世に残った2人の子供達と一緒にグループでの走行会のボランティアに、なくなった息子さんの魂をいつもつれてきました。なくなられた息子さんはスポンジボブと青いものが好きだったので、彼に喜んでもらえるように足の爪を青いマニュキュアでぬることにします。。。

沢山の人たちががんにかかわる、個人的な話を分かち合ってくれました、そしてそのどれもが私達が生きている間に治療法がみつかるように望んで走ろう、と勇気ずけてくれたのです。

今年4月21日、私がスタート地点を出発する時、あなたのスピリットは私と共にいます。ゴールに一番最初に到着するのは私ではないと思いますし, テレビ中継は私がゴールする前には終わってしまうかもしれません、でも私はすでにレースに勝ったのです。癌を撲滅する為のマラソンに本当にすばらしい友人達とこの ”人生のマラソン” をサポートしてくれる家族に恵まれ幸せです。私は、肉体的にも精神的にも走る事ができるから、そうするのです。皆さんのサポートがあるから走るのです。。。

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この半年の間に、私自身の友人も癌であることがわかり、治療を始めました。本当に心を通わせることができる友人なだけに、とてもショックでしたが、遠方に住んでいる彼女の為に、自分ができることはなんだろうと考えた時、こうやってみんなの思いを背負って走ってくれるAnneさんに本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。もちろん募金をして癌の研究に役立ててほしいですが、彼女が走ってくれなければ、恥ずかしながら募金なんてことも考えなかったように思います。

一人一人のもっているストーリーを丁寧にきいて、私の友人の名前もちゃんときいて、その彼女のことを思って走るから、といってくれた彼女。心から応援したいと思います。人は本当に色々な形で社会に貢献できるものなのですね。

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ボストンマラソンを走って社会起業家になろう その2

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日本では2011年に行われた本栖湖ファンドレイジングマラソンが一番始めのファンドレイジングマラソンのようですが、2012年には、京都大学の山中伸弥教授が自らiPS細胞の研究資金への寄付を集めのためにファンドレイジングマラソンに参加して1000万ほど集めたそうです。

ファンドレイジングというのはアメリカ人にとっては日常のことです。例えばインタビューをしたAnneさんは、”子供の時、遠足に行く前に資金を集める為に近所の家から家へ歩いてお金を集めたのを思い出してみて”、と私にいうのですが、東京で育った私はそういうことをした記憶がなく、逆に ”えー!そんなことしたの!” という感じでした。

公立学校で使っている、コンピューター機器類や、教育のサポートの費用もファンドレーザー達が担っている部分があります。
裕福な家庭の子供達が通う学校の場合、子供への教育資金が集まりやすいために充実した、コンピュータルーム、図書室、備品類があり、結局それがますます、教育格差を生んでしまうことにもつながるのかなあ、と感じますが。

2007年、初めて走った時の写真

2007年、初めて走った時の写真

彼女が走る決意をしたことで、
” 自分も参加したい、っていいだした友人が何人もでてきてね、自分がやっていることは、まさに人と人を結びつける事なんです。今回Dana Faber の名の元に走る人は約400人。ボストンマラソンの日までに私は全員と知り合いになるつもりよ。だって私達って本当は、一つにつながっているんだから。”

” みんなの気持ちを背負って、他の人ができないことを私がするの。”と目をきらきらさせて語る彼女、本当にこちらも、ものすごいポジティブなパワーをもらいました。

社会の問題を解決する為に、Dana Faberという傘の元に集まり、自分が走る事で資金を集める、一人一人はりっぱな社会起業家だと思います。

一つの目標に向かって、ボストン人が同じ夢をみる、Patriots day(愛国者の日)
次回のボストンマラソンは

2014年 4月21日  

インタビューに応じてくださったAnne Ghayourさん

インタビューに応じてくださったAnne Ghayourさん

Anne Ghayourさんを応援してくださる方はこちらへ お願いします。

ボストンマラソンを走って社会起業家になろう その1

世界でもっとも古い市民マラソンである(1897年から始まった)ボストンマラソン大会に出場する為のエントリーが9月から始まりました。来年のマラソン枠は去年、爆破事故により完走できなかった人も多数いた為に、例年以上に増えました。それでも出場するのはそんなに簡単ではありません。

そんな中、来年度のボストンマラソンに出場することになった一人の女性、Anne Ghayourさんから話を聞きました。

ーーそもそもなぜ、ボストンマラソンに出場しようと思ったのですか?

実は今回で3回目になるのですが、初めて走った2007年は、自分の身のまわりにがんになる方が何人もいて、何か自分ができることはないのだろうかということを考えました。始めは、自分が何もできないと思うと、とても惨めな気持ちになりましたが、ボストンマラソンにDana Faber (http://www.dana-farber.org/) というがんの研究所がファンドレーザーとして参加しているのを知って、がんの研究をもっとすすめてもらう為に走ろうと決心しました。Dana Faberの為に走って資金を集めるのはそんなに大変なことではありません。なぜなら、この辺りの人たちはみんな、なにかしらの理由でDana Faberを知っていますし、がんの研究のための資金集めと言う理由に、賛同してくれる人は多いです。

個人的にはちょうど、子供たちが小さかったので、子供の関係以外の人たちと知り合えることはとてもうれしいことでした。毎週何時間かともに同じ目的の為に走る沢山の人とつながることができるのですから。

ーー今回の特別な目的はありますか?

実はシカゴにいる、2人の息子を抱えたいとこが、がんになりました。彼女は今、治療をしている最中です。彼女の為に走ろうと、この3月に思っていたのですが、4月に爆破事件がおこり、その気持ちが決定的になりました。あの事件をきっかけに、走るのが怖いと思っている人もいるようですが、大多数の人はそうではありません。

ーーこのマラソンでは自分で、どのくらいの金額を集めるかを決めるのでしょうか?それとも、団体のほうから、指定された金額を集めるのですか?

団体のほうからは最低金額として4000ドルは集める必要があるといわれていますが、私は今回、自分の目標を11000ドルにしました。それは過去の経験上10000ドルは絶対に集められる自信があるからです。人の行動とはとても面白いもので、特に募金になると、そんなに普段付き合いのない人でも、このマラソンの話をしたら、次の日 3000ドルの小切手を持ってきた方もいました。
その人は、Dana Faberを知っていて、自分の知り合いがこの団体のためにマラソンをすることを、とても自慢に思う、というのです。一概には言えませんが、金銭的に余裕がある人ほど、募金の額は少なく(収入の割合から見た場合)、それほど経済的な余裕のない人のほうが、沢山の募金をしてくれるように思います。彼らはお金で全ての幸せを手にいれることはできないことを知っているのです。

ただ募金をするだけなら現金で10000ドル払えばいいのですが、それは違うような気がするのです。病気になり、治療をうけている人は、走りたくても走れない、健康で、走れるということはそれだけで、恵まれた、すばらしいことなのです。だから、走りたくても走れない人達の気持ちも背負って走るのです、他の人ができないことを自分がするのです。

ーーこれはフルマラソンですよね? みんなにこの話をした時の反応はどうでしたか?

ポジティブな反応はがんばれ、私たちの為に走ってくれてありがとう、あなたが友達でよかった、とかそういうものです。

ネガティブなものは、けがの心配や、健康の心配、また、付き合いが悪くなりつまらないとか、そういうものでした。でも95%はいい反応ですけどね。

ーーどうしてそもそもボストンマラソンと、ファンドレージングが結びついたのだと思いますか?

今から25年前に、はじめてファンドレーザーとして、ボストンマラソンと結びつけたのはDana Faberなんです。

ボストンの学校に通う学生の友人が、がんになり、Dana Faberのマラソンチームでコーチをしていた人に、走る事でファンドレージングをしてもいいかと相談をしたことがきっかけだったようです。

今では、ボストンマラソンを走るのはものすごく足の早い人か、ファンドレーザーでないと非常に難しくなっています。見に来るとわかると思いますが、始めのグループはものすごく走るのが早いグループ、あとの人たちはファンドレーザーで、よりエンターテイメント性が高くなっているのです。

ボストン人にとってだけでなく、アメリカ人にとってボストンマラソンというのはとても特別なものです。まさにPatriots day(愛国者の日)にみんなが気持ちを一つにして、同じ思いでゴールをめざすのです。

…続く…