大学でセールススキルを教育する?

経済学部や、経営学部、MBAのコースをとってもセールススキルというものは学べませんが、セールススキルの重要さについて書いてある記事が2月19日のボストンドットコムにありました。

スタートアップインスティチュートのディレクターとセールスインストラクターは、セールスというのは会社にとって血液のようなもので、とても重要なのに、どうしてビジネススクールでも教えないのか疑問に思っています。彼らの分析によると、まず、セールスパーソンというものに対しての悪いイメージがあるといいます。ハリウッド映画の影響もあり、男性優位の世界で、アグレッシブ、例えば週末のパーティーで保険を売るようなことを含めて、セールパーソンの地位が低い、ということもありそうです。

ところが、人々が情報を消費する仕方がかわったので、マーケティングやセールスの仕方も進化しました。誰もが自分が欲しいものの情報を得られるようになったので、口がうまいだけで、誠実ではないセールスパーソンは上手く売れなくなりました。優れたセールスパーソンは、ニーズをみつけて個々の問題を解決し、商品やサービスが消費される時には付加価値を与えます。

しかし、優れたセールスパーソンになる為にはセールスの知識と経験が必要だという現実があります。
大学は現代のセールスというものを理解していないようです。教授達は、セールスということをアカデミックなことではなく職業訓練と見下して、ビジネスのカリキュラムにいれないかもしれません。でもどんな理由であろうと、”セールス”というものを教える必要があります。

セールスを学ぶということは、心理学やコミュニケーションスキル、レトリック、ビジネスを理解し、人の感情や、タイムマネージメント、効率、問題解決策等を含みます。芸術家のように、すばらしいセールスパーソンは上記のスキルをマスターした後に、自分独自のスタイルを作りあげるのです。

ファイナンスの世界にいても、弁護士でも、次のステップにあがる為にはセールススキルが必要なのです。

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確かに、自分を振り返っても経済学部や経営学部ではセールスの授業というのはありませんでしたね、売り上げがあがらなければ、ビジネスそのものが成り立たないのに。

大学をでて、一番始めに就職した会社で法人の営業をしました。毎日、毎日、飛び込み営業で、一応、下調べをして相手が買う理由があるから、セールスにいく場合もありましたが、半分(以上?)がとりあえず顔をだして、とりあえず自分を知ってもらうという、自分を売るための営業活動だったような気がします。個人的な関係を築きながら、相手のニーズを掘り起こすような感じだったでしょうか。毎日、毎日、数ヶ月間そんなことをやっていたある日、自分が通っていたお客さんのところで、他の会社から買ったから、と一言いわれ、” よろしかったら、理由をきかせていただけますか?”と聞くと ”コネだよ、上司からの紹介” といわれ、やっぱり世の中そんなものなんだなあ、と会社にかえってそう報告したら、当時の上司にものすごく怒られた記憶があります。

その後、ヨーロッパにわたり、日本でやっていたような、ご用聞きのような、アポなし飛び込み法人営業というのは、ほぼあり得ないということがわかります。

結局自分はいいセールスにはなれなかったのですが、そもそも無口だった自分が、あの頃の飛び込み営業の御陰で、物怖じしなくなりましたし、初対面の人とも会話をなんとかつなげることもできるようになり、いい経験をさせていただきました。何かを上手く売れる人は、大抵他のものも売れると思います、自分自身も含めて。そして、それはどんな分野で働く人にも、役に立つ能力でしょう。

それにしても、自分でセールスをしてみないとスキルはつかない、という事を考えると、大学でセールスを具体的に教えるっていうのはどういう授業になるでしょうか?行動心理学とか、コミュニケーションの授業は別として、実技となると、一定期間に自分で決めたマーケットで、自分の選んだ商品を目標額を決めて売り上げてくるとか? 今時、ネットでも簡単に物品が販売できることを考えると色んな授業の可能性がありそうです。

ハーバード大学卒業記念講演、今年のスピーカー決定

今年のハーバード大学卒業式の記念講演は前ニューヨーク市長のブルームバーグ氏がスピーチを行うことにきまりました。

歴代スピーチをしてきた人々は、米国人に限らず、政治、経済、司法、国際社会、文芸、文化といった様々な分野で社会に貢献してきた人達であり、一般的にも知られている名前でいえば、ビルゲイツ, JK ローリング、去年はオプラ・ウィンフリーと、豪華メンバーです。今年、スピーチがきまったマイク•ブルームバーグ氏はボストン出身でジョンズ・ホプキンス大学電気工学科を卒業し、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAをとったハーバードの卒業生なので、まだスピーチしていなかったことが意外な感じです。

彼は証券会社大手のソロモン・ブラザーズに勤務し、パートナーにまでなりますが、その後退社、通信会社ブルームバーグを立ち上げて、金融情報端末の販売をして財産を築きます。その後、ニューヨーク同時テロ後の2002年から2013年末までニューヨーク市長を勤めました。フォーブス誌による2013年世界長者番付では13位にランクされている資産家です。

ハーバード大学を卒業するような学生達はどちらかといえば、人生で今までに大きな失敗や挫折はしてこなかったかもしれません。賢く、また一生懸命頑張ることができる人達であり、そして、卒業後も自分を叱咤激励して、前をみて進んでいける人達でしょう。
しかし、私が個人的に好きだったのはそういう学生達を前にした、JKローリングのスピーチ(2008年)で、彼女は、経済的にも底辺の生活を知っているだけに、言葉に深みがあるように思えました。

私が彼女のスピーチで特に好きなのは
”私が恐れていたのは、貧困ではなく、失敗でありましたが、でも失敗したことにより、(仕事もなく、シングルマザーになり、ホームレスぎりぎりの生活)自由になることができました。失敗は不必要なものをはぎ取ります。自分以外の何かであることをやめ、自分にとって重要な仕事を成し遂げることに全てを集中しました。”
という部分です。

エリート卒業生達にとっては、立ち位置がすでに凡人からみたら違うので、普通の人には失敗でないレベルも失敗の範疇になるかもしれませんが、大小問わず失敗をしない人生はあり得ないわけで、失敗を恐れて及び腰になっていきる人生は始めから失敗だと、彼女は言っています。

さて、ブルーンバーグ氏は、エンジニアで, 経済界に君臨し、そして政治家と、いくつもの分野を股にかけて活躍してきました。できることが一つではなく、色々な
才能をもっている彼が、どのようなスピーチをしてくれるのか、楽しみです。

ギャップイヤーで兵役にいく?

高校を卒業してからいわゆるギャップイヤーをとった学生のほうが大学にいっていい成績をとったり、その後のキャリアも自信をもって進んでいけるという傾向があるそうです。が、現実にはギャップイヤーをとる学生はアメリカの高校生のうち2%以下であり、金銭的に余裕のある家庭の子供達しかできないという状況です。

そこでタフツ大学は大学に入る前の1年間学生に国内外でミリタリーサービスや、社会奉仕をする機会をあたえるTufts 1+4 というプログラムを2015年から始めることになりました。(ボストングローブ3月1日)

これは財政的に厳しいNPO団体にとっても、無償で働いてくれる若者がいるとありがたいし、若者にとっては意味のある経験を得られるというウィンーウィンな関係になるとみています。そして、学校が始まる頃には、他の生徒達は全く知り合いがいない中、学校生活をスタートするわけですが、このプログラムに参加した学生は既にちゃんとした友人関係ができた上で学校生活がスタートできるいう利点があります。

25歳になるまでに、全ての若者が、大学の協力で何らかの形でノンプロフィットの団体で社会奉仕をしたり、兵役を義務化するべきだという動きがあり、大小様々な大学で、取り組みが始まっているようです。

アメリカの高校では、卒業単位として公共の奉仕を義務ずけられているところがありますが、 ”社会にボランティアとして奉仕すること” は、卒業してどんな仕事を選んだとしても、一生続いていくべきこと、ということを理解してほしいというのが、タフツの目的でもあるそうです。

関連記事:
人気もあるが、費用もかかるギャップイヤー

増加するアメリカの大学中退者

ニューヨークタイムスの記事(1月8日付け)によるとアメリカの大学に入学する人は記録的な伸びを示しているのに対して、中退者も増えているという話があります。4年生の大学に通う半分、またコミュニティーカレッジ(公立の2年生の大学)においては三分の一しか卒業しないという記録があります。これは、先進国では一番悪く経済的には相当な無駄になっているとのこと、この損失額は45億ドルにもなると試算されています。

中途退学者を減らす為には、エリート校で行われているように学生に手厚いケアが必要だとのこと。ニューヨーク市立大学によると、学生の経済的な負担をへらすような取り組みと、アカデミックな意味だけでなく、精神的にも一人一人にあったケアをすることで卒業率は倍にまであがったということです。
エリート4年生大学では90%が4年で卒業します、もちろん彼らはもともと賢いですが、それだけではなく彼らは色々な面で手厚いケアをうけます。
しかし、大抵の、特に貧しい学生達は全く違った状況にあります。大学のレベルが高いほど、卒業する率が高いというのが現実だそうです。

日本の大学中退者が増えているというニュースもありましたが、やりたいことがあってやめるのはいいとして、なんとなくやめてしまうと、スキルもなければ、大学の卒業証書もないまま中退してフリーターとしていつまでやっていくのか、という問題があります。日本は大学が多いので少し、減らしたほうがいいというのは現実的であるにしても、ただやめることを奨励しただけでは新たなる貧困層を作ってしまいそうです。
どうしていいかわからないならとりあえず卒業するというのは、一つのセーフティネットとして有効なのではないでしょうか。その後働いたり、大学院に進んだりするうちに方向性がみえることもあります。大学に行かなくても、社会が望む技術や手に職をつけてちゃんと食べていける他の選択肢がもっとあれば、本当はいいのですが。。。

本来大学は勉強する気のある人がくるところのはずなのに、日本もアメリカも大学が増えすぎて義務教育化しつつあるのでしょうか、将来何をしたいかわからないからとりあえず大学に行こうという学生も多いようです。誰かが面倒をみないと卒業できないというのは、おかしなものです。日本もアメリカも学生が子供っぽいのは、自分の人生に対して、なんとなく、過ごしている学生が多いからなのかもしれません。

参考記事
失業率を改善させる可能性のある職業訓練制度

前世があるというのは普遍的な考え方?

“不死” という欲求は私達が大人になり、死を恐れるから感じるようになるのでしょうか、それともそれは年齢や文化、宗教にかかわらない普遍的な感覚なのでしょうか?

人が死んだ後どうなるかについては様々な文化や宗教が色々な見解を示していますが、どの来世についての考え方が、人が成長する過程において宗教や環境から学ばれたもので、どれが宗教や文化に関わらず、普遍的なものなのか選り分けるのは難しいことです。それでは人生が始まる前についてはどうなのか、ということをボストン大学の心理学の研究者が調べたとのことが2月3日のボストングローブにありました。人間は受胎以前の事に関して共通した、普遍的な考え方があるのでしょうか。

受胎する前に自分がすでに存在していたかということを信じているかどうかを調べる為に、研究者は文化が違う2つのグループの5歳〜12歳までの子供達を調べました。エクアドールの都市(カトリックの子供達)にいる子供達とエクアドールのアマゾン地帯にいる子供達、この2つのグループとも輪廻のような、前世があるという考えをもっていません。

研究者は全ての子供達が、(都市に住む子も、田舎に住む子も)、特に小さい子達が、受胎する前になんらかの形で、例えば小さな虫や、血一滴、として存在していたと考えているということがわかりました。一方、彼らは前世において見るとか食べる、飲むといった能力をもちあわせていたとは思っていないのですが、感情や欲求はあったと思っています。

この考え方は年齢があがるに従ってなくなっていきますが、この実験 から研究者は不死に対する欲求は私たちが本能的にもっているものだといえるのではないかと結論ずけました。

自分も小さい子供のほうが、前世についてよく覚えている、ということを昔どこかできいたことを思い出しました。文化や宗教を超えた、普遍的な概念を人が受け入れられるようになると、宗教がらみの争いが減るような気がするのですが、それは今の世では難しいのでしょうか。

ちょうど先週、友人と前世の話で盛り上がりました。一人はキリスト教徒、前世なんて全然信じてない、っていうので、”じゃあ、自分の周りの人で、この人絶対昔から知っているって感じる人いない?”ってきいてみると、”……一人だけいる。確かに弟のことはずっと前から知っていると思う。彼は、ずっと家族だったと思う。” すると、もう一人の無神論者の友人が ”今までずっと一緒にいるからそう思うだけ。” そばで聞いていた私はどっちの言い分もある意味正しいような気がして、結局自分がそう信じていればどっちでもいいんじゃない、と思ってしまったのでした。