アメリカ人に留学は人気がない?

2012年には前年を7.2%超える80万人の外国人学生が、其の半分は中国、インド、韓国から、アメリカの大学に入学したそうです。

一方、単位を取得するために外国の大学で勉強するアメリカの学生は約28万人(2011-2012 年度)でこれは全米の大学生のうちわずか1% ほどにあたるということ。

英語が世界中のビジネス言語として浸透しているせいか、英語が母国語であることが幸か不幸か、アメリカ人で他の外国語をマスターする人の割合は少ない感じがします。
アメリカは国土が広いせいか、東から西にいくだけでほとんど外国にいくほど距離もあり、メンタルも違うのではないかと察しますが、アメリカ人は外国留学にはあまり興味がないようですね。(海外留学は高いと思っている、学費だけを比べればアメリカのほうが遥かに高い場合が多いのですが)イギリス以外のヨーロッパの大学に行く人の割合も低いという話をカナダ人で、ヨーロッパの大学院を卒業した人と話していたのですが、彼いわく “最近アメリカ人もやっと気がつきつつあるよ、学部によってはヨーロッパの大学院にきたほうが明らかに有利だということを。この先増えていくんじゃないのかなあ。大学院レベルだと、英語で授業を受けられる学部や学科もあるし、博士課程をするなら、給料の額も倍近く違うもの” 彼はカナダの大学を出た後に、1年間台湾にいって中国語を勉強し、そのあと、マスターをカナダでやり博士をローザンヌ大学でとりました。其の彼は現在、スタートアップを立ち上げて、マスチャレンジのプログラムに参加しています。

留学する利点は、視野が広がること、もう一つの言語が身に付くこと、自分に自信がつく部分もあるでしょうが、謙虚にもなること、改めて自分の国のいい点をみつけられること等、沢山あると思いますが、一方本人次第では時間の無駄になる 可能性があるとの指摘も。しかし、これはアメリカ人に限らずどこの国の人でも一緒。

特に語学を学びたい場合、母国でどれだけ準備をしてくるかというのは大きいでしょう。
語学を学ぶには、時間がかかります。留学という事を考えればお金もかかるのですが、どこにお金を投資するのか、という点で考えた時、語学をマスターした時のリターンというのは数字に直接現れない部分も含め大変大きいように思います。

高等教育は誰のもの?

アメリカの高等教育費用が高騰しており、学生の負債額が増えているということを重くみて作られたドキュメンタリー映画 “Ivory Tower”が今週末からボストンでも始まりました 。テーマは、”学費に見合った価値が大学にあるのか”。  

1978年からみれば学費は1120%上昇!一方同期間に公立の大学への補助金は40%も減っているそう。
それでも大学に行く価値はあるか、と問われると、“イエス”と答える家族がほとんどですが、2010年には卒業時の借金の平均が25,250ドルだったのに2014年の卒業生の70%以上の人が平均して33,000ドルの借金をかかえているそうです。教育が国を担う人を育てるものという視点が強い、ヨーロッパの大学は国公立大学がメインで費用も無料から払ってもせいぜい年額十数万円といったところでしょう。(イギリスの大学はここ数年でかなり高くなったようですが)高等教育機関が公共の利益でなく、個々の利益を追求すれば、今の状態だと益々外国からくる学生に頼らざるおえなくなるでしょう。

アメリカの大学の高い学費はどこに消えるのか?

アメリカの大学で困っているのは学費が高いといっている学生とその親だけでなく、低賃金と、不安定な労働条件で働かなくてはいけない非常勤の大学教員も同じようです。最近、非常勤の教員の弱い立場を訴える記事が目につくようになりました。
高額の学費はどこにいってしまうのでしょうか?

1980年代に政府による高等教育のための補助金が削減された時にアメリカの大学でも非常勤の教員の割合が非常に増えたそうなのですが、その後、景気が悪くなり学生数が減りました。経済がよくなっても、非常勤教員を使うメリットが大きいことを認識した大学側は、有名な教授に対しては高額を支払い、終身雇用も約束し、大学運営を一般企業のようにしていきました。そして 教育内容よりも、ランキングをあげることや、ファンドレージング(資金を集めるにも費用がかかります)、施設建設に力を注いだ結果、1985年に比べ高等教育の費用が5倍にもなってしまったのです。

しわ寄せは、学生と非常勤講師にきたというのが現状のようです。ある非常勤教員は5つの大学で11クラスを受け持ち、毎日10時間ほど仕事をしますが、収入を時給で換算すると、11.50ドルほどだそうで高学歴のワーキングプア状態になってしまっています。
それでも、博士号をとる人の数はどんどん増えています。(仕事によっては博士号が必要なものもあるので、皆が大学に残るとは限りませんが)

一方学生側からみれば、将来的にみた大学へいくことのメリットはまだあり、より多くの人が大学に行こうとしています。まだまだ、学生数が増えるということを前提に考えれば、大学経営はなんとか成り立つのでしょうが、もし、経済状況の悪化で、大学の費用が払えない人が増えたり、学生が減ると、大学の閉鎖もありえます。(実際、学生が集められなくて、閉鎖する小さなカレッジもでてきています。)そういうわけで、アメリカの大学も外国からの学生を獲得するのに力をいれています。

しかし、教育機関である大学の経営を一般企業のような倫理で運営していいのか、ということも問われているようです。


ハーバードのスタジアム

性別 博士号取得者数

性別 博士号取得者数

自分の才能や強みは何かを見極める為の適性テスト ーその2ー

以前紹介した本、”さあ、自分の才能に目覚めよう”は、どちらかといえば大人向けで、自分の強みというのを探す事ができましたが、実際その強みの組み合わせで自分がどんな職業にむいているかというのはわかりませんでした。

キャリアカウンセリングの分野で世界で一番使われている性格診断プログラムはマイヤーズブリックス・タイプインディケーターで、毎年約500万人ほど利用しているそうです。これは、認定された有資格者の下で、テストをし、4指標16タイプに性格を分類するものです。(18歳以上が対象)マイヤーズブリックス・タイプインディケーターやスキルスキャン というサイトを使い、カウンセラーは転職等の相談にのるのですが、実際、もう少し若い子達が将来の職業を視野にいれて大学の専攻を選ぶ時に、手軽なものはないのかと探していたところ、起業のコーチングをしている友人がこんなサイトを紹介してくれました。

この You science(Latitudeより変更) というサイトでは(残念ながら、英語です)15歳以上が対象になっていて、これから大学を選ぶ若い人達に、(もしくは、転職する人や教育を受け直したい人)簡単な計算、語彙のテスト(あまりできなくても、意外に、テスト結果にはそれほど影響しないように思います。。。)や、いわゆるIQテストのように、暗記力や帰納推理,、空間視覚化能力を問うテスト(14項目)をして、自分の興味に関しても聞きデータを集めます。テストでは間に休憩を各自が好きなようにとれますが、ノンストップでやると最短で2時間くらいかかるでしょうか?結果は1日後にウェブ上から確認ができます。

そこではテストした14項目に関して、自分のタイプを分析し、それぞれの得意な点、不得意な点を見つけ出します。そして自分の特性から、ふさわしいと思われる職業を提案してくれて、その職業につくためには、どういう教育(専攻)が必要で、給与がどれくらいになるか、実際に全米でどのくらいその職があるのかも示してくれます。
最後にレポートもでるので、両親や、学校の先生、カウンセラーの先生等と話合いをするのにも適しています。

このプログラムのいい点は、頼めばもちろん、サポートもつきますが、他のプログラムに比べ、結果がわかりやすいことのように思います。自分の興味や得意な部分が職業にどのように、結びつくのかわからない子供達やその父兄に色々な可能性をみせてくれるのではないでしょうか。

(Latitude)You scienceによると、人の興味の対象やスキルは年をとると変わっても、適性というのは15歳で安定するということです。
実際、アルバイトや仕事をしてみると他のスキルが身に付いたりするので、できる仕事の範囲というのは変わってくるとは思いますが、それでも、特に何もスキルのない高校生でも、これだけの夢が広がっているということがわかるのは楽しいことだし、一つの目安にはなると思います。

(2014/05/29/での情報になりますので詳細は随時ホームページより更新ください)

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記憶に残るのは手書き?それとも、コンピューター入力?

現在、大学で、ノートをとる時にラップトップを使っている人の割合がどれだけ多いのかはわかりませんが、今の学生は、キーボードで入力したほうが明らかに早いし、簡単という人も多いのでしょうか。(まあアルファベットで入力ができる米国での授業は特にそうだと思いますが)しかし、多くの研究者は、学習することにおいては手書きでノートをとるほうが、ラップトップでノートをとるより、効果的で記憶に残りやすいといっています。(ボストングローブ5月25日)

先月発表されたサイコロジカルサイエンスによると大学の講義でラップトップ等のコンピュータ機器を使わず、ノートとペンを使ったほうが概念的なことを問われる質問に関しては成績がよくなるということが確認されました。
沢山のノートをとることは有益なのですが、ラップトップでノートを取る人は、情報を処理したり自分の言葉で書き直したりせずに、言葉通りに講義を筆記する傾向にあるそうです。

”ノートをとる”ということには2つの部分があります。まず、ノートを作る、(コード化する)ということ、それを後でチェックするということ(保管の意味)しかし、コード化することが簡単になると、1つ目の学びの機会は失われます。
ようするに、いったことをそのまますごいスピードでラップトップで、入力している時は速記しているという状態で、”考える”というプロセスはそこにはないということです。
一方、手書きだと、言っている事を全て書く事ができないので、受け取った情報を自分で処理する必要があり、それによって記憶も定着しやすいといえるそうです。

20年ほど前に、認知心理学者ロバート·ビョーク氏は、この現象を”望ましい困難”と名づけ、学習することが難しいことが情報を定着させる、と言っていました。そして、2010年には読みにくいフォントで書かれた印字のほうがあとで学生が覚えていることに役立ったという研究結果を発表しています。

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自分はノートとペン派なのですがどっちかというと、入力の早さの問題より、もう少し、五感を刺激することが記憶に残る理由なのかなと漠然と思っていました。機械の入力の場合、視覚に頼る割合が大きいと思うのですが、紙とペン(鉛筆)だと、触感(紙とペンの相性とか、紙質、鉛筆の太さ、ペンのインクのバランス等)とか、書き方も微妙に毎回違ってきたりします。それに、簡単な図解、マークをつけたり、付箋をつけたり、という自由度がまだ手書きのほうがありますし。。。
講義だけでなく、単に”記憶”をしなければいけないとなってくると、自分では益々、手書きでないとどうにも上手くいかないので、手の感覚が覚えているのだとばかり思っていました。

日本語の場合、アルファベット変換で入力しているとそんなに早くうてるのかな?という疑問もあり、速記のようなスピードで入力をする人がどのくらいいるのかは疑問です。(直接日本語入力したほうが明らかに早いらしいですが、それをしている学生もそうはいないと察します。)
もし、日本の大学において、ラップトップを使わずにノートをとることが多いというのであれば、日本語入力がしにくいということが実は、学習においてはいい意味に作用している可能性があるかもしれません。