自分に合った大学か確認する為に入学する前に大学を訪れてみよう!

大学では、学生がよく高校生のために大学構内を案内していたり、ハーバード大学では、観光客相手にも大学のツアーをしてくれます。

実際入ってみたら校風が合わなかった、とかイメージしていたものと違ったといったことがないように、合格通知をもらってからも、もう一度確認するために学校を訪れる学生も多々います。敷地内の芝生に1時間座って学生をみているだけでも、かなり、色々わかります。せっかく勉強して、それなりのスコアをだして、大学に入ったものの、校風になじめず、1年で退学しもう一度アプリケーションをし直して、他の大学に入った知り合いがいるんですよね。。。時間もエネルギーもかなり使うことになり、見ていて本当に大変そうでした。外国からアプリケーションをだすとなるとなかなか実情は見えないものですが、留学先を決める前に一度見学してみてくださいね。学校との相性は相思相愛でなければ、成り立たない恋愛関係の感じに似ている?自分の求めるものと大学が求めるもの、双方が一致すると、充実した学生生活が送れそうです。

学校を見学しているだけで初めて出会った教授と個人的な話しにまで発展するというのはまあ、そんなに起こらない事のように思いますが、それでも自分の足を使って行動してみると、思わぬ出会いがあったりするものです。
世界で一番高いと言われるスーパーボールの30秒の宣伝枠、その広告を作ることに携わっていた大学の教授と話をする機会が偶然あったのですが、彼は大学で教えていると、創造性というのはアメリカの公立の高校にいたら育たない、と感じる事が多い、という発言をされていました。アメリカの公立校のテストは暗記が多く、自分がクリエイティブだと感じることもないし、それを育てるような教育がなされないことを残念に思っていました。

先日のドイツ人留学生の発言にもありましたが、暗記が多く、パターンをひたすらこなす。。。なんだか日本の学校のようですね。

あれあれ?でも、どうしてアメリカでは新しいことがどんどん、生まれてくるのでしょうか。
それはダイバーシティーと、トライアンドエラーを許す文化、そしてやはり、レベルのある程度高い学校では、大学での教育が少人数で参加型、授業で寝ているなんてことはあり得ないという生活を4年間するということがあるのではないでしょうか。

前述の教授は、”大学の授業では正解のないことをどんどん、きいていくよ。そしてそれぞれにそれなりの答えをだしてもらうんだけど、でもどうやって、っていうのは誰も教えてくれないよ!”

こういった生の声をきけるよさが、実際大学を訪れてみることにあります。

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ボストンカレッジ

ボストンカレッジ

大学が特色を出すために力をいれていること

ボストン市内及び、その周辺には60もの大学があるといいますが、それぞれに特色があり学生を惹きつける理由や、大学側が学生を選択する基準というのは学校によって違います。

都会の大学がいいのか郊外がいいのか、勉強重視か、スポーツ重視か、企業とのパイプが太くインターンシッププログラムのような実務的なプログラムが充実しているか、就職率はどうか、外国との連携に強いか、ダイバーシティについてはどうか等、判断基準は学生によっても色々違いがありますが、外から得られる情報と実際に学生や学校の人と話したり、自分の目でみると全然違うものが見えてくることも多々あることに驚かされます。

アメリカの大学は、学生を獲得するために企業がセールスに使うようなプロモーションビデオに、実際の学生を使ったカレッジ ツアーと様々な情報を提供してくれるわけですが、最近の傾向として、次の2点は多くの学生が望み、また大学が力を入れているように感じます。

・ 学生にできるだけ、大学にいる間にインターンシップや実践的な教育の機会を提供する 
・ 外国での経験を積んでもらう

インターンシッププログラムの中には6カ月間に渡るもので、単位の代わりになるものもあり、卒業後そのインターン先に就職する学生が5割を超えるプログラムもあります。
しかし、アメリカの場合、インターンシップにしても海外経験にしても、休暇を利用した数週間程度のものが多いように思います。これは学部生の時は広く浅く、というアメリカの大学の特性なのでしょうか?ヨーロッパの場合は学士をとって大学院に進む前に半年から数年かけて、インターンシップ及び、海外生活をする学生が多いです。計画的にやると数週間の場合より、かなり充実したものになる可能性が高いのですが、短期にあれもこれもみるというわけではなく、どっしりと一つのことに力を注ぐわけで明確にこれがしたいという意思がないと、とりあえずやってみる、というのにはハードルは高いかもしれませんね。

長期のインターンシップの場合、企業がインターン用に組んだプログラムを学生が受動的に取り組むというわけではなく、意欲のある自発的に動ける学生を企業側も望んでいることが多いです。
若者の就職や、インターンシップの場合、親のコネが影響力を与えるというのはどこの世界も同じようですが、採用担当者は、やはり、いくら親に頼まれても、学生のプロフィールが合わない場合はうまくいかない場合が多いといいます。

それから、アメリカで外国語を学ぶというのはとても難しいです。だから数週間でも外国に滞在して外国語、及びその文化に触れるというのは学生にとっては貴重な体験になるでしょう。

ボストン大学

ボストン大学

フェイスブックをみていて落ち込むのは自分だけではない?

facebookをみていて、とりわけ自分がうまくいってない時に人の幸せそうな話を読んで、落ち込むことはないでしょうか。本来、ネガティブな情報をみているよりも他人の幸せな話をきくほうが幸せのおすそ分けをもらう感じで、いいことのはずだと思うのですが。。。
もちろん、友達の幸福は嬉しい反面、自分はどうしてこうなんだろうとか、、、そう思っている人はどうやら自分だけではなさそうです。

他人のニュースをみて嫌な気持ちになったり、恐怖感を覚えたりすることがありますが、ヒューストン大学の社会心理学の研究者がフェイスブックをよく使う人達のこのネガティブな反応が落ち込むこととどう関係しているか調査しました。(betaboston 4月18日

調査は二つに分かれており、一つは180人の大学生を対象にフェイスブックの投稿をみていつ悲しくなったり、落ち込んだりするかをきき、もう一つは154人の学生を2週間ほど追跡調査し、フェイスブックでつながっている友人が何かをポストした時にどのように感じるかを調べました。

その結果たくさんの人とつながっているほど、他人と自分を比べることになり、結果としてより落ち込みやすい傾向にあるそうです。この社会的比較理論と呼ばれ、他人と比較することで自分を評価するという行動は、対面ではよくみられることだそうですが、ヒューストン大学の社会心理学の研究者はオンラインだとこの効果が増幅しやすい傾向にあると思っています。

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フェイスブックに何かをポストするのは、誰かに何かを知らせる時や(大抵が肯定的なこと)誰かに共感してもらいたい時、が多いと思います。相手が個人というわけでなく、たくさんの人を相手に発信する場合、個々の事情を配慮することはなかなか難しく、一対一だったら言わないことも、一つの情報としてあげてしまうこともありますよね。。。

日本でも最近、年賀状に家族の写真を載せない方がいいとか、他人に配慮したほうがいいとかいわれますが、まめな人になると、仕事用、家族がらみの友達用、個人の付き合い用と何種類か用意している方もいるようですね。
ヨーロッパの人達はよく、クリスマスカードとともに、近況報告として、この1年の家族の動向を別紙に書いてきますが、それが結構長くて、細かったりするんですよね。それをみていると、なんか自分はこの1年また特にかわったこともなくすぎちゃったよね、なんて思うわけですが、一方で友人が大事にしているものをシェアしてくれてありがとう、で本当は済む話なんですよね。

大学間の資金の格差がますます鮮明に。

ムーディーズが資金豊富な私立大学トップ20と公立大学20校を調べたところ、リッチな大学のトップ10が全米の大学の保有する資金合計の3分の1を占めているということを発表しました。 
私立で一番はやはりハーバード大学で428億ドル、その後にスタンフォード、イエール、プリンストンと続きます。公立ではテキサス大学の367億ドル、カリフォルニア大学とミシガン大学の順になっています。

リーマンショックで大学も痛手を負いましたがその後の、トップ大学ではリカバリーがよく逆に学校間の差がさらに大きくなったといいます。リッチな大学はさらにリッチになり、これからますます資金の集まらない学校は存続するのは厳しくなるのではないかといいます。この40の大学のうち60%は昨年寄付金をうけていますが、エリート大学は卒業生たちが裕福である場合が多いということや彼らが寄付先を探しているということもがあり、資金提供単位も大きく、億単位で募金が集まります。そのような人たちが募金をする場合は、誰にでも、どこにでも募金するということではなく”投資” する感覚に近いようです。一度の気まぐれな寄付というより、関係性を重視した寄付、寄付することにどんな意味があるのか、ということを考えて寄付することで、結果提供されたほうもさらに富む、という循環になるようです。

大抵の私立校では収入の75%は授業費等の学生からの資金でまかなっているのに対し、トップ20校は15%しか学生からの支払いに頼っていないという現実があります。
寄付金が多額にはいる場合は収入の低い学生たちに奨学金をだすことができ、そうすることで学生も偏った層からだけではなく多方面の人材を集めることができます。また資金を運営するためのファンドマネージャーに対しても、しっかり支払うことができるので、資金はますます増えるということになるようです。

公立の大学も今後ますます公的な予算が削られる方向にあるので、公的予算に頼ることなく私的なファンドからの資金提供及び、ファンドレージングが望まれています。

価値を作ることができなければ、淘汰されてしまうというのは教育といえども、産業と化して自由競争原理が働いているアメリカの大学の中では十分ありうる話です。

これだけ大学間に差ができてしまうのは、みんなが1つの成功パターンをもとめ大学を目指していることが一つの理由のような気がします、もし成功パターンの選択肢がいくつもあれば、みんながそこを目指さなくても、自分にあった学問の世界なり、研究の世界なり、職業の世界なりが描けるように思うのですが。

ドイツ人学生が語るアメリカの学校とドイツの学校での勉強の仕方の違い

先日、教育学の専門家の方と話していた時のこと。
その方がドイツ人の高校生の留学生を短期間預かった時に、アメリカの高校の勉強の仕方とドイツの勉強の仕方の違いをきいたところ、アメリカは量をこなしてパターンをどんどん覚えて問題をそれにあてはめて解いていく感じで、例えればいかに適切な公式を適切な時に使うか、ということを練習させられるけど、ドイツの場合どうやってその公式そのものを導きだすのか、ということに重点を置く感じだと答えた、といいます。

ドイツの高校の成績は日々の宿題や課題の評価やどれだけ授業に参加して発言しているか、の比重が大きく、ペーパーテストの評価はそれほど大きくはありません。テストも暗記すれば解ける問題ではなく、習った知識をどうやってつなげ合わせていくのかが問われます。そして、発言力も日々問われ、アメリカの学校の授業で一言も発言しなくてもペーパーテストの成績がよければ全体の成績にはそれほど響きませんがドイツでは口を聞かなければ確実に成績は下がります。私も、何年もドイツ人の留学生の受け入れをしてきましたが、ドイツの学校のほうがプレゼンテーションの練習をさせられる、と意外な発言もききました。(アメリカはプレゼン大国だと思っているのですけどね。。。)ディベートチームにでも入らない限りは普段の授業で発表をさせられる機会というのは多くないのかもしれません。

個人的には基礎教育ではパターンを覚えて、知識を増やすというのは重要だと思っていますが、高校、大学のレベルで応用力をどれくらいつけられるのかというのが後々の違いを大きくしていくのかと感じます。

日本人は枠組みやしくみができたらそれを完璧にこなしていくのは得意です。
しかし、パターンからはずれてしまった時の対応は苦手なのかと感じます。現実社会ではパターン外のことをどう処理するのかということが問題で、その点がまさに機械ではなく、人の価値が問われる部分のように思います。

日本社会は失敗に対してはあまり寛容ではないですが、そうするとリスクもとれなくなって身動きができなくなってしまいます。しかし、何事もやってみなければ、前には進みません。トライアンドエラーを学校生活の中で、もっと体験することができると行動することが怖くなくなるように思うのですが。。。

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